迷い猫

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「ぼく、思いだしたよ」  半日は歩いたでしょうか。ぐれこは、家まであともう少しというところで立ち止まりました。  周りは古い住宅だらけです。おじいさんやおばあさんの若いころにつくられた町なのでしょう。そのうちの狭いつくりの一軒に黒ずくめの人たちが集まっていました。そこがぐれこの家です。 「帰っても、もう、みちこは動かないんだ。ぼく、おなかがすいて外にでて、でもぜんぜん食べられなくて、それで」  ぐれこの目から涙があふれだし、大つぶの雫がひとつふたつと落ちだしました。けど、それは地面に着くことなく消えてゆきます。ぐれこの足もとで食べものを求めて行列をつくるアリたちには一滴もあたりません。 「じゃあ、きみはみちこに会えるなら、帰りたいんだね?」  ぐれこの気持ちが痛いほどおまわりさんには伝わってきていました。  うらみなんてまったくない、むしろおまわりさんがいだいたママへの想いに似ていました。 「会っても、動かないみちこはやだ」 「じゃあ、あそこにいるみちこならどうだい」  家の外には、黒服でないバラもようのエプロンをつけた老婦人がでてきています。 「みちこだ。みちこだ!」  ぐれこは一直線に彼女のもとへと駆けました。老婦人はぐれこをだきよせ、ほおずりしました。  一匹と一人はいっしょになると輝きだしました。 どんどんまぶしくなり、猫と人の姿は見えなくなっていきます。やがて綿毛のような光のつぶが浮かびだし、天へと昇りだしました。  地上にのこった犬のおまわりさんの前には、黒服の人たちだけになりました。 「ねえ、この家どうするの。三ヶ月も死体が放置されてた家なんてさ、壊すしかないよね」 「てか、姉さんちっとも帰ってなかったなんて知らなかったよ」 「コロナだからしかたないでしょ」 「どうせ言い訳だろ。てか、猫いなかったか、どうしたんだ」 「さあ。うちもそっちも飼えないし、どっかで拾ってもらえればいいんじゃない」  ひどい会話が聞こえてきますが、これが人間です。おまわりさんにとって、人間は(みにく)いものでしかありませんでした。  おまわりさんは黒い者たちから目をそらして、光のつぶがゆるやかに吸いこまれていく天を見上げると、にっこり笑いました。 「きみはいい人間に会えてよかったね」  少しだけ人間をゆるせる心がおまわりさんのなかで光りました。ろうそくの火のようにかすかな温かい光がともったのでした。
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