ディスカバー·フレンズ

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仕事が終わり、僕は勤めているパン工場を飛び出して駅へと向かった。 いつもなら真っ直ぐ自宅へと直行するのだが。 今夜は最寄り駅の側にある居酒屋で、中学生のときからの友人たちと飲む約束をしているのだ。 しばらく会えていなかったのもあって、実に楽しみにしていた飲み会。 普段なら同僚の誘いも断る出不精(でぶしょう)な僕だけど。 やはり仲の良い友人は別だ。 はやる気持ちを抑えながらも、つい早足になってしまっている。 工場から駅周辺までは、およそ歩いて十五分ほどで着く。 店を予約した時間から考えると、まだ早かったけど。 少し早く到着するくらいが僕にとっては丁度いい。 途中の道ではすでに多くの飲み屋が開いており、金曜日の夜というのもあって(にぎ)わっていた。 店の前を歩いていると、笑い声やふざけ合っている叫びが聞こえてくるほどだ。 僕がそんな大騒ぎを横目に、早く友人たちと騒ぎたいと心を弾ませていると――。 たまたま通りかかった立ち飲み屋の前に、これから飲もうと思っていた友人二人――AとBがいた。 数年前によく聞いたゼロ次会というヤツだろうか? きっと二人とも予定よりも早く到着してしまって、適当に店に入ったのだろう。 僕はそう思いながら二人に声をかけようとしたが――。 「なあ、今度こそ女紹介してくれんだろうな?」 「わかってるって」 BがAにせがみ、何やら面白そうな話題を始めたので、しばらく様子を見ることにした。 立ち飲み屋の前でスタンディングテーブルで向かい合う二人に見つからないように、店員に生ビールを注文して側で聞き耳を立てる。 「でも、まさかお前に彼女ができるなんてなぁ。やっぱ俺も頑張って一流大学いけばよかった」 「なに言ってんだよ。お前は親の跡を継ぐんだろ。大学なんていかなくても将来安定してんじゃん」 Bが羨ましがっていると、Aがフォローするように言葉を返す。 今の話の通り、Aは名を聞けば誰もわかる大学に通っており、Bのほうは家族で経営している高級旅館を継ぐために父親のもとで勉強中だ。 これ以上面白い話は聞けなそうだったので、僕は二人に声をかけようとした。 だが、次の言葉を聞いて動きを止めてしまう。 「なあ、あいつには女紹介してやらねぇの?」 「あぁ、あいつね……」 Bが訊ねるとAは明らかに落胆した声を出した。 先ほどまでずっと弾んでいた声だったのに、僕のことが話題に出た途端にだ。 そんな二人を見て、僕はこのまま隠れているか悩んだけど。 もう少し、もう少しだけ何を話すのかを聞きたくなってしまった。 「あいつ、卒業して何やってんだっけ?」 「あん? たしかどっかの工場だろ? なに作ってんのかは知らねぇけど」 「終わってんな。どうせ適当に選んだ仕事だろう。あいつらしいよ」 その話から、AとBは僕の社会的立場や人格を馬鹿にし始めた。 やれ、あいつは学生時代からどうしようもない奴だったとか。 やれ、あいつは努力のできない考えなしだったとか。 とてもこれから久しぶりに飲む友人――。 十代の頃からずっと一緒にいた人間のことを口にしているとは思えないほどの侮辱(ぶじょく)の言葉を並べ、酒の(さかな)に代わりに楽しんでいる。 僕はずっと二人に馬鹿にされていたのか……。 昔から――。 中学、高校と――。 そう思うと、まるで全身が(なまり)になってしまったみたいに重くなった。 AとBは、そんな僕のことなど当然気にせずに話を続ける。 「あいつは、女を作るよりも“友だち”を作ったほうがいいだろ」 「ワッハハハ! ヒデェ~な! でも、そうだな。今日だってあいつがしつこく飲みたがったから付き合ってやってるだけだし」 僕はスマートフォンを取り出し、AとBに連絡を入れた。 今日は仕事で行けなくなったことを、平坦で簡素な文章で伝えた。 背中からは二人が怒り狂っている声が聞こえていたけど。 もう、僕にはどうでもよかった。 ろくに口にしていない生ビールを置いたまま、側にいた店員に代金を渡してフラフラと立ち飲み屋を出て行く。 自宅であるアパートへの帰り道を歩いていると、スマートフォンが鳴る。 だが、とても手に取る気にはなれなかったので無視した。 二人の話、聞かなければよかった……。 いや、聞いたほうがよかったのか? それは僕にはわからない。 ただ、もう少し、もう少しだけと思わずにあのとき飛び出していれば、きっと今頃は楽しい気分で酔っぱらっていたはずだった。 「ハハハ……。今日は家で飲むか……」 僕はそう呟くと、夜空を眺めながら乾いた笑みを浮かべた。 了
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