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「面白いわね」
「さっきからなんなんだよ」
「何も望まない者達の為にアナタは決断して、ここにいる」
「だから、そんなわけないだろ」
「そして、見事にその目的を成し遂げようとしている」
「…………」
「誰にも望まれない、アナタの願いの為に」
「それは否定しない」
「アナタは英雄になれない」
「そんなものにハナから興味はない」
「本当に面白いわよね。アナタはただの犯罪者として歴史に名を刻む、しかも稀代の大悪人としてね」
「僕は僕の信じるモノを貫くだけだ」
この女に僕の言葉は届かないし、僕もこの女の言葉には慣れて来た。
後は粛々とやると決めたことを実行するだけだ。
誰かの為ではなく、自分の為に。
「認めなさい。アナタは私と同じよ」
「はぁ? ふっざけるなっ! そんなわけあるかっ!」
思わず大声で叫けんでしまった。
当然、そんなものは女には微塵も影響しない。
淡々と女は続ける。
「アナタは世界を憎しんでいるのでしょ?」
「…………」
言われた言葉に反論が出来なかった。
自分では意識したことは無かったけど、そうなのかもしれない。
でも、そうじゃない。
「…………アンタはこの国の、給食費も払えないような親を持つ、そんな子達のその給食費がどれぐらいか知ってるか?」
「そんなこと私が知るわけがないでしょ。それにアナタは別に貧困の家庭出身でもないでしょう」
確かにそうだ。その通りだ。そのことも許せない。
でも、そういう話をしてるんじゃない。
どんな分野でもいい。ちゃんと、今、この国が抱えてる問題を把握しているのかと問うているのだ。
「ああ、ムカつくことにアンタのお陰でね」
「やはり同じね」
怒りは覚えるが、女の言う事は尤もだった。
知っているだけで、僕も何もしてこなかったのだから。
____ブゥー___ブゥー
____ブゥー___ブゥー
途切れた会話を繋ぐように、一度は切れたスマホの振動が再び僕の胸を震わせた。そして、僕は言葉を、想いを伝えることを諦めた。
「ほら出たらどう。別に何かを狙って誘導しているわけではないわよ?」
女の言う通り、会議室には誰もいないし、誰がか入って来る様子はない。
何もしない彼女の部下であることが幸いしてるのだ。
胸のポケットから左手でスマホを取り出し、机に置いた。
画面に写る着信者を見て、これまでの人生が浮かんで来る。
そして、通話ボタンを押し、スピーカにした。
女の首筋に当てるナイフにグっと力を入れる。
『もしもし、今どこにいるの?』
「ああ、都庁だよ」
『え⁉ なんでそんなとこにいるの?』
「もちろん、問題を解決する為にだよ」
『問題? ああそっか、仕事かぁ』
「そうなんだよ。でもそれよりさ、体の方は大事ない?」
『うん。今日は大分調子がいいから』
「そっか良かった」
『ごめんね』
「謝るのは無しって約束だろ?」
『ごめん』
「きっと、立場が逆だったら君は同じことを僕にしてくれる。たまたま今回は君だったってだけ話だよ」
『うん』
「んじゃごめん、今忙しいんだ。もし必要なものとか、食べたいものがあったら、メールに入れといて」
『わかった。じゃあ、また後でね』
「うん」
僕は通話を終わらせた。
「アナタがこんなことをした理由ね」
「彼女はもう長くない。アンタが何も決断しなかったせいで致命的になった」
「そう。それは悪かったわね」
反省など一切していないだろう女には殺意しかわかないが、黙って聞いている事にした。
「そしてアナタはもう彼女に会えない。酷い男ね。そんな子を残して刑務所に行くなんて。いや、この後は天国に行くのかしら」
「いや、僕は彼女が息を引き取るまで一緒にいるよ」
「大した自信ね。ここから逃げ切れるとでも?
アナタが最初の方で私に向かって、殺されないとでも思っているのかと言ったけど、それそっくり返すわよ」
義理の娘になったかも知れない女性の事を何も知らないくせに、勝ち誇ったように、彼女は言った。そして、その勝ちパターンを語り、見せつけて来た。
「でも、いいの? 犯罪者の恋人なんかにして。
重病なのでしょう?
残された少ない時間を側にいなくていいの?」
「今なら……自分を助けてくれるならその時間は用意してくれると?」
「ええ、勿論」
当然嘘だ。そんなものに、戯言に付き合うつもりもない。
だから、宣言した。
「子の罪の責任を親が負うというのなら、親の罪を子が精算してもいいだろ?」
「?」
この女のクソの様な理屈や理論に付き合う気もないし、その必要もない。
首に当てたナイフに力を込める。
「あのね、母さん。最後に幾つか言っておくよ。どうして知事に会うのにナイフなんか持ってこれたと思う?」
「それは私の息子だからでしょ?」
「それもあるんだけど、話はついてるんだよ」
「ん? なにを言って__」
「神谷さんだっけ? アナタに何かあれば、次は彼が母さんの地位に就くよね?」
僕は女の腹にナイフを刺した。
「だから何もしないでくれって頼んだんだよ。ただ何もしないでいてくれたらそれでいいってさ」
「……ぐぅ」
何もしないことで相手に付け入る隙を与えないという、非常に斬新な手法をとって来た彼女の政権運営に、この時ばかりは感謝した。
「面白いよね。人ってさ、お腹を刺されると苦痛で叫べないんだ」
無駄な事を説明してしまったが、問題は首みたいな血が飛び散るような箇所を切ると自分が血を浴びてしまうこと。
それではここから安全に立ち去れなくなるのだ。
「で、さっきの続きだけど、今この時間、アナタの為に動いているのは僕だけなんだよね」
「…………そ、そんなバカな話が通じるわけないでしょ?」
ゼイゼイと言いながら、血を流しながら、女は言った。
「いや、彼もこの後、僕に殴られて被害者になるんだよ?
だから、事件の発覚はまだまだ先なんだ。んで、確かこの後の予定は彼とのミーティングだったでしょ?」
「…………きゅ、救急車を」
「面白い人だよ。自分の命にも他人の命のも興味はないのに、勝てるって思うとそれに乗る。でそれが快感なんだよね、母さんはさ」
「…………おね、がい」
「でもさ、死ぬのが怖くないって事と、痛みに強いかどうかってのは別の話だからさ」
「……………………う、うぅ」
「最後に少しでもお互いの事が知れて良かったのかな」
「…………こ、後悔しないの?」
「するわけないだろ?」
「…………」
ただ、死んだ後の事を考えると、少し悲しくなる。
「あの世で僕は彼女に会えない。罪で染まった僕は地獄行きだろうからさ。それだけは少し悲しいけどさ……って、もう聞いてないか」
返事はない。既に意識はない様だった。
「アナタがクズで良かった。さよなら、母さん」
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