神無月ノ心配性

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 暫くして、白シャツにGパン、黒のジャケットという見慣れた姿で、松原忌一が入店した。 「こんにちは~……あ゛!?」  店内を見た瞬間、とんでもないものを目にして思わず変な声が漏れる。 「やぁ、忌一君。いつも悪いね。また君向けの依頼があってね……」 「それはいいですけど……そこに居るのは……」 「あぁ、ほんのついさっき白井君が来てね。君が来ることを教えたら、ここで待ちたいって言うもんだから……」  小咲に『白井』と呼ばれた白い大蛇は、応接コーナーのソファを覆うように蜷局を巻きながら、赤い目をキラリと光らせてペコリと頭を下げた。 (そうだった……普通の人にはあれがイケメンに見えてるんだった……)  その設定を思い出し、背中にじっとりと嫌な汗が流れる。思わず「何でデカい白蛇がここにいんの!?」と、大声を出さなくて良かったと。  忌一の瞳、通称“鬼の()”には、彼の真の姿が見えていた。この眼のせいで忌一には幼い頃から、人ならざるものが見えている。  白井はこの近辺地域を護る、白水(しらみず)神社の眷属(けんぞく)だ。半年前、彼は茜に会うために、人間の姿を装ってこの小咲不動産を訪れていた。それは茜に近づく忌一の中に、悪しき異形(いぎょう)の気配を感知して心配で訪れていたのだが…… 「大人しく神社(じんじゃ)へ帰ったのではなかったのかのう?」  忌一のジャケットの内ポケットから、小さな(おきな)が顔を出す。そして忌一の右袖口からは、ニョロンと鰻のような頭が顔を出し、翁に向かってコクンコクンと頷いた。  彼らは忌一の式神で『桜爺(おうじい)』と『龍蜷(りゅうけん)』だ。彼ら二体の式神の存在を知り、異形は忌一の中で無事封印されていると知った白井は、安心して神社へと戻ったはずであった。 「俺に何か用ですか?」  忌一が店舗奥の応接コーナーへ一歩踏み出すと、背後で再び店の扉が開く気配がした。振り向くとそこには、三、四十代のサラリーマン風の男が立っており、「すみません。部屋を探しに来たんですけど……」と声をかける。  小咲は一度チラリと白井に目をやると、忌一に向かって小さくピースし、「はいはい、ただいま~」と足取り軽くカウンターへと向かう。小咲は白井を福の神か何かだと思っているので、早速ご利益が出始めたとほくそ笑んでいるのだろう。  実際白井の存在は商売繁盛のご利益があるのだから、福の神というのは間違っていないのかもしれないが、あくまでも彼は白水神社のだ。  そんな小咲を横目で見ながらも、白井の座るソファの向かい側に、ドカッと忌一は腰を下ろした。
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