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「それで? 俺に何か」
「今日彼女が何処にいるのか、君は知らないのか?」
「あぁ、今日茜休みでしたっけ? 特に何も聞いて無いッスけど」
別段気にする素振りを見せないことが気に障ったのか、白井は忌一の胸倉を掴んでグイッと引っ張り、端正な顔を近づけて「彼女、この地域に気配が無いんだ」と言った。
勿論忌一には大蛇にしか見えていないので、見えない腕で急に胸倉を引っ張られ、デカい白蛇のどアップが顔面に迫っている。
「わぁ! ちょ……近い近い近い!!」
慌てて忌一が胸倉の見えない手を掴むと、白井は仕方なく解放し、再び距離をとった。
「久しぶりに遠出でもしたんじゃないッスか? 明日は土曜で連休だし」
「いやしかし……」
「そんなに心配しなくても、ちゃんと帰って来ますって」
シャツの襟を正しながら、適当にあしらう。忌一の胸元にいた桜爺は、目の前のテーブルへそっと降り立った。その姿はまるでおとぎ話に出てくる花咲じじいのようだ。
桜爺は先程まで小咲店長が飲んでいただろう湯呑に近寄ると、中身をずずずとすする。それを見た白井は、更に青筋を立てた。
「ああ見えて彼女、凄く異形にモテるんだよね」
「そ、そうなんスか?」
「わからない? 君なら身に覚えがあると思ってたんだけど」
言葉の意味がわからず、忌一は首をひねる。その様子に、白井はフン! と鼻を鳴らした。
「あぁそうか。君は彼女の恋人じゃぁないのか。だから心配もしないのか」
「はい?」
「恋人なら休日に彼女がどこへ行くのかくらい把握してるもんだろうしな」
「ちょ……」
「そういうことなら、僕にもまだ可能性が無いわけじゃないってことか」
「はぁ!?」
思わず忌一は立ち上がった。それに対し、白井は本来無いはずの腕と足を優雅に組んでふんぞり返る。
カウンターで新規客に物件の間取りを勧めていた小咲は、背後で交わされる二人の会話の行方が気になって仕方なかった。しかし、「早速内見しに行きますか」という流れになり、泣く泣く忌一に店番を頼むと、客とともに店を後にする。
店内には二人きり、いや一人と一匹、もっと正確に言えば一人と人外三体が取り残される。
「まさか、人間と恋愛しようなんて思ってませんよね?」
最初に口火を切ったのは忌一だった。応接テーブルの上で、桜爺が見えないコングを鳴らす。
「頼りない人間がそばにいるより、最も彼女を想う僕がそばにいる方がマシだろう」
白井が言い放った後で、桜爺はおもむろにテーブル上のお茶請けの菓子皿へと近寄ると、中の柿の種を一つ手に取り、白井の湯呑のそばへと置いた。「頼りない人間」とはもしかしなくても忌一のことで、それに気づいた本人は思わず下唇を突き出して悔しがる。
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