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「で、でも! 茜は貴方の正体を知ってるんですかねぇ? 正体を知ったら、怖がりな茜はきっとドン引きすると思いますけどぉ?」
意地悪い顔で言う。対して白井の顔はぐぐっと歪んだ。そこは最も気にしている点なのだろう。大人げないとは思いながらも、桜爺は忌一の前にも柿の種を一つ運ぶ。
「彼女は……見た目で人を判断するような人間じゃない。現に彼女は幼い頃、僕が真の姿でうっかり顕現していた時に、いたずら少年たちから命を救ってくれたのだから」
それは以前にも聞いた話だ。小さな白蛇の姿で神社を抜け出し、幼い男児たちに見つかって石を投げられていたところを、当時園児だった茜に助けられたと。そしてその思い出が忘れられなくて、彼は中学生になった茜に再会したのだ。
「いやいやいや! そんなこと言うけど貴方今、人間界では相当イケてる姿に化けてますからね!? 茜がもし貴方に好意を持ってたとしても、半分以上はその偽のお姿のせいですから!」
盲点だったのかのように白井は絶句する。すかさず桜爺は忌一の前に柿の種を二つ追加した。これで忌一は合計三つ、白井に一つで三対一。どうやらこの柿の種は、レフェリー桜爺の独断と偏見による勝利ポイントのようだ。
白井は一つ大きな深呼吸をして俯いた。言われたことが相当堪えたのか、精神統一をしている。忌一は「参ったか!」と心中でほくそ笑んだ。しかし……
「中学の頃の彼女、可愛かったなぁ……」
ポツリと呟いた。他愛のない呟きに聞こえたそれは、K-1選手のボディブローを喰らったかのごとく、忌一に強い衝撃を与えていた。
何故なら、中学へ上がると同時に茜と会う機会の減った忌一は、中学時代の彼女を殆ど知らないのだ。腹を押さえて悶絶するが如くの忌一の落胆ぶりを見て、桜爺は白井の柿の種を二つ追加する。
「あ、茜は幼少期の方が、素直で可愛かったんだけどね……」
「それは僕だって知ってるし」
段々元気を取り戻しつつある白井はさらに続ける。
「そう言えば、半年前に触れた彼女の唇、柔らかかったなぁ……」
突然、ベートーヴェンの『運命』が流れたような気がした。いや、もしかしたらテーブル上の桜爺が、見えないピアノで実際に弾いたのかもしれない。柿の種は白井に三つ追加される。これで三対六。
「そ……そんなの、俺だって知ってるし。茜の唇は、柑橘類の味がしたなぁ……」
それはそうじゃろうと桜爺は思う。以前忌一が入院した時、確かに茜とキスをしたという自覚はあるのだが、忌一が茜の唇だと思っているのは、彼女がお見舞いに用意した蜜柑の二切れだったのだから。
しかし二人はその真実を知らない。自分だけが茜とキスしたと思い込んでいた白井はかなりのショックを受けていた。実際茜とキスしていたのは、白井だけなのだが。
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