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「今どこにいますか? 彼女は」
小咲不動産の扉を開けるなり、色素が薄めの色男が入店してそう言った。十月中旬の金曜日、傾きかけた日の光が店舗正面のガラスに貼られた間取り図の紙を透かし、眠気を誘う午後のことである。
「君は茜ちゃんの同級生の……白井君か? 久しぶりだね」
店の奥の応接コーナーで一服していた初老の男性、小咲店長は、老眼鏡越しに彼の姿を認めると思わず腰を浮かせた。駅前の商店街に並ぶこの小さな小咲不動産には店長の小咲以外誰もおらず、いつも以上に店内はガランとしていた。勿論、この店唯一の従業員の姿も無い。
「ええ、まぁ……。それより彼女今日……」
「あぁ、茜ちゃんは今日休みを取ってね。いないんだよ」
「どこへ行ったのかは?」
「いや、聞いて無いけど」
小咲がそう答えると、「そうですか」と言って彼は肩を落とす。
この店の従業員である松原茜にとって、白井は中学の同級生であり初恋の人でもあった。そして半年ほど前、彼はふらりとこの店を訪れ、暫く毎週のように内見を希望する客だった。
結局は賃貸契約をしなかったものの、彼が訪れ始めてから何故か他にも客が来店するようになり、店は異様な繁盛を見せたが、彼が来なくなるとぱったり客も来なくなり、現在はいつもの閑古鳥が鳴いている。
「ところで、まだ物件を探しに来たのかい?」
「そういうわけじゃないんですが……あの、茜さんの従兄だという忌一君は、今日彼女と一緒ですか?」
「いや、違うと思うよ。彼、もうすぐこの店へ来るから」
「そうなんですか。じゃあ、この店で少し待たせて貰っても?」
「それは別にいいけど……」
(一体何しに来たんだ?)
そう思いながらも、小咲は応接コーナーに白井を通した。
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