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出撃前に
『今どこにいるの? どうして電話に出てくれないの? SNSも既読がつかないし。私、あなたを怒らせるようなことを何かした?
それならそうと、ちゃんと言ってほしい。ロイが好き。別れたくないの。お願いだから連絡をちょうだい』
愛しいルイスからの留守電を聞き終えるとスマホの電源を落とした。
「例の軍人嫌いの恋人か?」
尋ねられた声に目を上げる。仲間のジョンがスマホ片手に俺を見ている。
「軍人嫌いじゃねえよ。付き合いたくないってだけだ」
「同じことじゃん」
ルイスとは三ヶ月前にダチの結婚パーティーで出会った。話のおもしろい娘で俺は即、恋に落ちたのだがひとつ、問題があった。彼女は陸軍に所属していた父親を赤ん坊のときに、海軍に所属していた兄を十五のときに任務で亡くしていて、だから絶対に軍人とは交際しないと断言していたのだ。
だが俺は空軍でパイロットをしている。
どうしてもルイスと付き合いたかった俺は、職業は空軍基地の清掃員だと嘘をついた。
その嘘と努力の甲斐あってルイスと恋人同士になれて、今は幸せの絶頂にいる。
「返事をしねえの?」ジョンが訊く。
「……帰還したらな」
「帰れる訳がねえじゃん。だからこんな間際までスマホの特別使用許可がおりているんだろ」
俺はスマホを一瞥し、それから部屋の壁の巨大モニターを見た。画面いっぱいに映っているのは星の海に浮かぶ巨大な構造物。宇宙のどこかからやって来た、異星人の戦艦だ。ヤツらは地球を侵略しに来たらしい。我が国を含め、世界中の国々が宇宙にこっそり準備していた、無人攻撃機で攻撃した。だがヤツらを止めることはできなかったし攻撃機は全て破壊された。
この情報は一般には伏せられている。ネットでは多少噂になっているが、今はまだほとんどの人間がフェイクニュースだと考えているようだ。
「……知ってるか? 作戦名の『カミカゼ』の意味」
ジョンが尋ねる。
「神が風を吹かせて敵を一掃してくれるんだろ?」
上官はそう説明していた。
「いいや。それにあやかって、パイロットが鉄砲玉になる作戦をそう呼んでいたことがあるらしい」
「鉄砲玉か。勿論、その覚悟はあるぜ」
これから地球のあらゆる場所から戦闘機が一斉に飛び立つ。戦艦はもう地球上から視認できる距離まで来ている。
「そうか、覚悟がないのは恋人と向き合うことか」とジョン。
「……やめろ、正論」
ジョンは肩をすくめ、自分のスマホに目を落とした。動画を見ている。ヤツの息子のだ。
俺はスマホの暗い画面をしばらく見つめ、考えをまとめると電源を入れた。ルイスに電話をかける。ツーコールで彼女が出た。
『ロイ!』
「やあルイス。悪かった、何日も連絡しなくて」
『良かった! デートに来ないし連絡も取れないから、私……』
「君とは別れる」
『え?』
「別れるんだ。もう終わり」
『どうして? 私、何かした?』
「違う。君が好きなんだ。好きすぎて……」
さっき考えた言い訳を思い浮かべる。
「このままじゃ俺、君のストーカーになる。実は前科があるんだ。前のカノジョでやっちまった。もう二度と、好きな娘に嫌われたり怖がられたりしたくない。だから別れる」
『何それ、ロイ、嘘でしょう?』
「プロポーズしたかったけど。君には二度と会わない。愛してるよ」
電話口からルイスの声がしたが通話を切った。すぐに彼女からかかってきたけど、電源を落とす。
ヘタクソな嘘だ。ルイスがその気になればダチ伝てに、俺が空軍のパイロットであることも元カノとの別れは円満だったことも分かってしまう。
でも『その気になれば』、だ。とっとと俺に愛想を尽かす可能性だってある。
暗い画面。
耳に残ったルイスの声。ついさっきまでこの向こうに彼女がいた。
ルイスに出来ない代わりにスマホにキスをする。
もしも帰還できたなら。
その時は本当のことを伝えに行こう。
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