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キスと出刃包丁
まだ太陽が昇りきらず山のてっぺんにへばりついている。そんな時間。
薄暗い駅のプラットホームで、始発電車が来るのを待っていたら、後ろからスーツの裾をツンッと引かれた。
振り返るとアンティークドールと見まごうような服装の美少女が、真顔で俺をじっと見ていた。
真っ白い肌とは対照的な深紅の唇。赤い縦巻きロールのツインテール。黒いベルベットのリボンとワンピース。このど田舎では、とんとお目にかかる機会もない、いわゆるゴスロリファッションというやつに違いない。
田舎の古びた駅構内と少女がミスマッチすぎて、咄嗟に言葉が出てこなかった。
彼女が無表情のまま器用に唇の片端だけクイッと上げる。それを見て停止した時間が動きだし、どこかに行きかけた意識が戻ってきた。
「あの、なにかご用ですか?」
おそるおそる、聞いてみるが……今すぐ回れ右して走り去りたい。とてつもなく嫌な予感がする。
すると、なんの前触れもなく彼女の腕がスッと上がった。
「キスをして。じゃないと刺す」
ぎょっとして下を見る。
左胸にピッタリと出刃包丁の刃先が当たっていた。
「早くしてちょうだい」
顔を前に出して唇を突き出す少女の頬に、フワッと赤みがさす。
上目遣いされると、なぜか心臓の鼓動が高まってきて、握った拳の内側が汗ばむ。
腰を曲げてゆっくり顔を近づけると、彼女のくるんと上向きに生え揃った睫毛が震えた。
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