21人が本棚に入れています
本棚に追加
ヴィクトリア・オルランドと、その婚約者ハリー・ペイルズのやり取りは、よく知られている。
ハリーは男爵家の次男ではあるものの、植物に情熱を傾ける若き研究者だ。高潔な公爵令嬢と、植物を愛する研究者の組み合わせの落差。
しかし、もっとも有名なのが、あのどうにも噛み合わない攻防だった。
貴族社会の常識に欠けるハリーに、ヴィクトリアが怒りをぶちまけるスタイルは、もはや名物と化している。同じく高位貴族の令嬢はヴィクトリアに同情し、下位貴族の令嬢はヴィクトリアの剣幕に慄く。
令息達からみれば、次男坊の分際で公爵令嬢の婚約者という地位を手にしているハリーに嫉妬する反面、ヴィクトリアの苛烈な言動に恐れもなしている。公爵家の後ろ盾は喉から手が出るほど欲しいが、あの女を妻にするのは気が重い。彼女はいつもマジ切れしている。怖い。
あの二人がなぜ婚約しているのかといえば、これには前オルランド公爵が関係している。
公爵家が所有する領地のひとつに農園があるのだが、前公爵はその地を好んでいることで有名だった。
土壌開発、農地の拡大など、私財を投じて発展に努めており、その開発に従事しているのがペイルズ家。収穫物が国に大きな益をもたらしたことで認められ、農園のある地と、それを管理するための爵位を授けられた。田舎の成り上がりと揶揄されがちな、末端貴族だ。
前公爵は、幼いころより植物学に興味を抱いていたハリーを気に入って、後見人を務めている。
自身が目をかけている研究者と、孫娘を娶わせた。
この婚約は、隠居してなお権力を持つ前公爵の自己満足の塊。
高度な教育を受けてきた公爵令嬢の尊厳を踏みにじる、あまりにもひどい政略結婚である。
というのが、世間で囁かれている婚約事情だが、実際のところどうかといえば、真実は少し違う。
最初のコメントを投稿しよう!