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「……また、言ってしまったわ。ハリーはきっとわたくしのことを嫌いになったに違いありません」
ひとを遠ざけたあとの自室。寝台の枕に突っ伏して、ヴィクトリアは呻いていた。声が大きくならないよう細心の注意を払い、さめざめと自省する。
店を出たあと、馬車に乗って帰ってきた。
ハリーは途中で降ろしたが、それは彼が気もそぞろだったから。手に抱えている植物に意識の大半が向いており、公爵家に戻ってお茶をいただくより、研究室へ向かったほうがハリーのためになるだろうと思ったのだ。
――だって、すごく嬉しそうだった。早く顕微鏡で覗きたいって顔が言ってた。
悔しい。
でも、そんなキラキラした顔が、好きで好きでたまらない。
そう。ヴィクトリア・オルランドは、ハリー・ペイルズのことを心から愛しているのだ。
有名な店の目立つ場所で土に汚れた格好をしていたら、好奇の目に晒されてしまう。楽しそうな彼を見るのは幸せだけど、貴族たちの下世話な噂話からは守ってあげたい。早々に店から出なければ。
彼を案じて出てきた言葉が、アレである。
「もう少しまともな恰好をしたらどうなの!」
(土汚れがついているわ)
「わたくし、帰らせていただきます」
(お店から出たほうがいいですわよね)
「場所を変えます。付いていらっしゃい」
(あの、よろしければ公爵家においでになりませんか?)
――誘いたかったのに。
季節限定メニューは、侍女がお店に頼んで、持ち帰り用に包んでくれた。
秋の森と名付けられたスイーツは、切り株に見立てたロールケーキに、キノコを模したクッキーが配置されている。石や枯れ枝を模した大小さまざまなチョコレートがプレートの上に散り、東洋から仕入れているという深緑色の粉末茶葉が苔のようにそれを彩って、厳かで美しい森を作り上げているのだ。
秋の花というスイーツもあるのだけれど、ヴィクトリアは森のほうを選択した。
ご令嬢たちに人気を博している「花」ではなく「森」を選んだのは、ハリーに楽しんでもらいたかったから。草木を愛する彼が、顔を輝かせるさまを見たかったからだ。
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