21人が本棚に入れています
本棚に追加
ヴィクトリアがハリーと初めて出会ったのは、祖父に連れられて農園を視察に行った五歳のとき。
公爵家の末子にして、唯一の女の子だったヴィクトリアは、祖父に溺愛されていた。様々な場所に連れていかれたが、その中でも農園は祖父にとっても気に入りの場所。専門的な話はわからないヴィクトリアは、ペイルズ家の子どもと遊ぶことになり、そこでハリーに出会った。
土遊びをした。そんなことをしたこともなかったヴィクトリアは戸惑ったけれど、土の感触は新鮮で、驚きに満ちていた。
目に鮮やかな花を咲かせる庭園しか知らなかったが、この地は緑に溢れていた。自身の背より高く伸びた草原では、迷子にならないようにと手を繋いでくれた。
麦穂色の優しい髪色と、思慮深さを感じる深緑の瞳。みっつも年上なのにどこか子どもっぽくて、のんびりした口調で話す声が心地良くて。
ヴィクトリアはハリーといると心が休まった。
年齢が上がって貴族令嬢としての教育が始まったあとも、祖父に付いてペイルズ領へ赴いたのは、ハリーに会いたかったからだ。公爵令嬢として品格が求められるなか、彼と一緒にいるときだけは、ただの少女でいられる。それは、ヴィクトリアにとってなによりも大切な時間になっていた。
十六歳になったころ、そろそろ婚約者を決めようかという話が出た。
オルランド公爵家には、跡継ぎの長兄と、補佐となれる次兄がいる。いまさら他貴族と婚姻による繋がりを得る必要もない。
両親らは、末子であるヴィクトリアに政略結婚を強いるつもりはなく、好きな方に嫁いでよいと言ってくれた。頭に浮かんだのは、言うまでもなくハリーだ。
しかし、貴族の婚姻は親が決めるのが一般的。その考えが、ヴィクトリアの想いを揺らす。
そんなとき、祖父が提案したのがハリーで、両親も兄も頷いた。「お祖父さまがおっしゃるなら、受け入れます」と尊大に言い放ったヴィクトリアに、あたたかい笑みを返してくれた。
ヴィクトリアの内心など家族にはモロバレである。隠せていると思っているのは、当人だけ。それは邸の使用人らも同じことで、ヴィクトリアが必死に隠しているつもりの恋心は、常にダダ漏れなのであった。
最初のコメントを投稿しよう!