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 夢中で駆け寄ろうとするわたしに、あなたは開いた手のひらをさっと突き出した。  来ちゃだめだ。  そう押しとどめるように。  そばに行きたくても、わたしの両足は氷で固められたように、微動だに動かせない。  食い入るようにあなたを見つめた。  行かないで。もっと近くに来て。  わたしも連れて行って。  そう哀願の声を上げたかった。でもどうしてか、喘ぐような息しか吐き出せない。  あなたも動きを止めたまま、じっとわたしを見つづけている。思いのこもった優しいまなざしで。  やがてあなたの開いた手が、ゆっくりと上がっていった。  じゃあね、また。  じゃあ、行ってくるよ。  別れぎわにいつもあなたが見せていた、白い歯がのぞく無邪気な笑顔とポーズをわたしに向ける。  あなたの輪郭はじょじょに薄闇ににじみだし、裏側の世界へ吸いこまれるように消えていく。  そして愕然としているわたしの視界から、完全にいなくなった。  慧。  ふっと強ばりがほどけて、よろめくように一歩前へ出たわたしの足先に、軽い何かが触れた。  視線を落としてみると、スイートピンクの薔薇の花が十数本、無造作に置かれていた。  わたしの好きな色、好きな花が。  茎をたばねるようにして、持ち上げた。  その拍子に何枚かの花びらが、はらはらと散って宙を舞った。  床に落ちた花びらが形づくるものに気づいたとたん、身体の奥深くから味わったことのない驚きが沸き起こり、わたしの心を震えさせた。  ゴメン  花びらは、そう読み取れる配置で落ちていた。    ねぇ、慧。  こんな謝りかたってある?  とつぜんあらわれて、とつぜん消えて。    わたしはあなたに問いながら、込みあげてくるおかしさで、小さく笑ってしまった。
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