迷える者たち

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「いまどこにいる?」  携帯電話から自分の声が聞こえてくる。何かに怯え、絞り出すような声。  なぜいまごろ? 理解不能な状況に胸がざわつく。  その声は一年前のちょうど今日、このオフィスビルでエレベーターの点検作業をしているときに同僚の携帯電話に残した俺のメッセージだった。だが、その同僚はもういない。その日、彼は屋上から身を投げたからだ。  同僚の名前は小松俊介といった。  薄気味悪い電話に気持ちを落ち着かせようと、烏龍茶が入る水筒をカバンから取り出す。今朝、会社を出るとき涼子から渡された。彼女との交際期間はまだ短い。社内恋愛でつきあいはじめた。  十二月に入り、底冷えする日が続いている。体が内側から温もりを求める。落ち着け。  クリスマスは涼子と過ごす約束をしている。俺はもう決めている。彼女にプロポーズすることを。  湯気の立つ烏龍茶を啜る。いつもより苦く感じるのは動揺のせいだ。落ち着いて考えろ。  こんなことが起こるはずはない。  大きく息を吐くと通話を切った。
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