迷える者たち

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 携帯電話に非通知の着信が入る。さっきから何度もかかる電話に、俺は憑かれたように出る。 「もしもし……」 「いまどこにいる?」  耳元で俺の声がする。小松は死んだんだ。やつの携帯に残したメッセージがなぜいまごろになって俺の携帯に掛かってくる。どういうことだ?  エレベーターの点検中にかかってきたとつぜんの電話だった。  いま俺はやつが飛び降りたオフィスビルにいる。これは偶然なのか。  同じ日に後追いするやつがいる。  自分で言ったデタラメな話が脳裏をよぎる。あるわけない。  今日の点検に一緒に入った同僚はトイレに行っている。あのときとは逆の状況で俺はいま一人、エレベーターの前にいる。  屋上に落ちていた小松の携帯電話は警察が調べたあと、遺族に返されたはずだ。メッセージは数日で消える。だから俺の残したメッセージはもはやこの世に存在するはずない。  いや、待てよ。遺族が俺のメッセージを聞いて不審な点に気がついていた?  画面に表示された発信先は非通知になっている。  間違いない。なんらかの理由で俺がやったことがバレたんだ。それで何者かが俺に復讐しようとしているに違いない。  瞬時に察した俺は後戻りできない覚悟を決めた。  小松とつきあっていた彼女はいま俺とつきあっている。やつが死んだあと落ち込む彼女を励まそうと声をかけた。たまらなく涼子のことが好きだった。 「いまだから言う。あいつは悩んでいるみたいだった。結婚してもうまくいかないんじゃないかって。クリスマスも一緒にいることにストレスを感じてるみたいだった」と涼子に伝えた。 「どうして言ってくれなかったんだろう。悲しいよ」  涼子が悲しむ姿を見ることがつらかった。 「ごめん。俺がいながら何もしてやれなくて。あいつの代わりになんかなれないけど、なんでも言って。俺で力になれることがあったらなんでもやるから」  来る日も来る日も彼女をなぐさめることでようやく手に入れたのだ。傷ついた涼子を俺は癒してやった。  俺に電話をかけてきたやつはいまこのビルのどこかにいるはずだ。  バレたのなら同じように消すしかない。どこだ。いまどこにいる?  立ちくらみがするように意識が朦朧としてくる。  殴られたみたいに頭が痛む。興奮して脳の細い血管が切れたのか、目の前が急に薄暗くなったように感じた。  なんだ? どうなってる?  酒でも飲んだような浮遊感に異世界にでも放り出されたような感覚に陥った。
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