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僕はさほどオシャレに気を遣う性質ではなかったので、この日もシャツにチノパンという地味な恰好をしていましたが、どこか反革命的な服装に見られはしまいかと、その道すがらも内心ビクビクしてしまいます。
なんだか、通りすがる人達が皆、僕を異分子として見ているのではないか? あそこでおしゃべりをしている女性達は、僕のことをひそひそウワサしているんじゃないか? そんな疑心暗鬼にも思わず捉われます。
「……早く……早くここから離れないと……」
焦る気持ちから自然と歩調は早くなり、走るまではいきませんでしたが、ハァ、ハァ…息があがるくらいにまで速度を上げてしまいます。
「……あ! あった!」
まるでまったく見知らぬ街を歩いているような感覚を覚えつつ、本当にこの方向であっているのかさえもわからなくなりながら歩いていた僕の目に、ようやくA駅が見えてきました。
見憶えのある駅舎のはずなんですが、こうして改めて眺めてみると、やはり共産圏の建物にある美意識を感じるというか、一昔前の流行りを取り入れた、レトロ・フューチャー的な建築物のようにも見えてきます。
「……あの改札を……あおの改札を潜りさえすれば……」
東欧諸国にあるようなデザインの歩行者用信号が青になるのを待って、駅前の大通りを渡った僕は急いで西口改札へ駆け込みます。
「……ハァ……ハァ……頼む! どうか戻ってくれ……」
そして、スイカを取り出すと、それをかざして自動改札を潜りました。スイカが使えない可能性もありましたが、一か八かかざしてみると、ゲートは普通に開きます。
「……ハッ!?」
改札を潜った瞬間、なんだかまた周囲の空気が一変したような、でも、今度はとても懐かしい匂いと温度のものに戻ったような、そんな感じがしました。
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