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「……戻った……街がもとに戻ってる……」
振り返って改札の向こう側に覗く街の景色を眺めてみると、遠目ながらもロシア文字の看板やプロパガンダ広告はなくなり、見慣れた英語表記や商業用看板が溢れているのがわかります。
続いて駅舎内を見回してみても、利用客は今風の馴染みあるファッションをしていますし、貼ってある表示やポスターもいたって普通の見慣れたものです。
幸運にも、僕は自分のよく知るこの世界へ帰ってくることができたみたいです。
再びあちらの世界へ行ってしまうんではないかと、さすがにまた改札を出て確かめてみる勇気はなかったので、その日はそのまま電車に乗って、真っ直ぐ家へと帰りました。
とはいえ、その翌日には仕事に行かねばならず、前を行く見知らぬサラリーマンの背後にぴったりとくっ付いて、恐る恐るA駅の改札を覚悟して潜ってみたのですが、なんだか肩透かしを食らったかのように何事もなく、街の景色が違和感あるものに変わるようなこともありませんでした。
仕事終わりにあの喫茶店へも行ってみましたが、やはりロシア料理店には変わっておらず、当然のように馴染みの喫茶店のままでした。髭面のマスターも変わりなくカウンターの後に立っています。
それでも、いつまたあの現象に巻き込まれてしまうのか? 今でもA駅の改札を潜る度に心の内ではドキドキしています。
まあ、あの異次元に紛れ込んでしまったかのような不思議な体験をしてしまったのは、けっきょく、その一度切りだったんですけどね……今のところは。
あれは、いったいなんだったんでしょう? 言葉も普通に通じるし、全体的には同じもののように見えても、なぜか英語ではなくロシア語が溢れ返っていて、共産圏のような看板や銅像がある街の景色……もしかしたら僕は、資本主義をもとにした僕のよく知る日本ではなく、いまだソビエト連邦も東側諸国も健在で、共産主義圏に組み込まれた違う世界線の日本へ足を踏み入れていたのかもしれません。
つまりは、並行世界に存在する、僕の知らない別の日本です。
A駅でこんな不思議な体験をしたのは僕だけなんでしょうか? もし同じような体験をした人がいるんだとしたら、ぜひ会って話がしてみたいと密かに思っています。
(世界線を繋ぐ駅 了)
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