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最初に向かったのは、駅から数分歩いた所にある喫茶店です。行きつけの店で、学生時代からよく通っている馴染みの店でした。
コーヒーを飲むついでに、そこの名物であるナポリタンを昼食に食べようと思ったのです。
「いらっしゃいませ」
カラン、カラン…と聞き慣れたベルの音を鳴らして入口のドアを入ると、カウンターの向こうに立つ若い女性が挨拶をしてきます。
ですが、僕はその女性に見憶えがありませんでした。
普段はそこで髭面のマスターがコーヒーを淹れているのですが、その日はいつになく違っています。それに、ウェイトレスさんにしても初めてみる顔です。
あれ? マスターじゃないんだ……新しく雇ったアルバイトの子かな?
まあ、そんなこともあるでしょう。怪訝に首を傾げつつも馴染みのある店内をいつも座っている奥の席へと向かい、最早、自分の家の椅子並みに座り心地を憶えているソファへと腰を下ろします。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
すると、カウンターにいた女性がお冷とおしぼり、それにメニュー帳を持って僕のもとへとやってきました。
きっと新人さんなので、僕が常連であることも知らないのでしょう。
「ああ、いつものオリジナルブレンド・コーヒーとナポリタンのランチセットで」
そんなことを思いつつ、メニューを見るまでもなく注文の決まっていた僕は、彼女に即答でそう答えました。
「申し訳ありません。当店ではコーヒーもナポリタンも扱っておりません。よろしければ他のものをご注文ください」
ところが、彼女は困ったように眉根を寄せると、頭を下げてそう答えるのです。
「え? ナポリタンないんですか? ついこの前まであったのに…てか、コーヒーも!? 喫茶店なのに?」
唖然と彼女を見返して尋ねつつ、一瞬、ナポリタンを出すのはやめてしまったのかな? と考える僕でしたが、直後、そんな単純な話ではないことに気づきました。
彼女は確かに「コーヒーも扱っていない」と言いました。そんな、代名詞ともいえるコーヒーを出さない喫茶店なんて聞いたことがありません。
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