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「おかしいな。どう見てもこの店なんだけど……」
外に出た僕は、その見慣れた店構えを眺めながら首を傾げます。
看板はロシア文字のそれに変わっていますが、やはりよく知る喫茶店としか思えない外観をしているんです。
どう考えてもつい先日までは馴染みの喫茶店だったはずです。なのにあの働いていた女性はずっと前からロシア料理の店だったと言い張っています。そんなことってあるものなんでしょうか?
「でも、ほんとに似た店と間違えたのかなあ……」
しかし、常識的に考えれば、可能性としてあるのは偶然にも非常に似た造りの店が近い距離で駅前に二軒あって、うっかりにもそれまで知らなかったもう一軒の方へ入ってしまったということです。
「もしかして、いつもと反対側に出ちゃったとか……?」
いつもは駅の西口を出るのですが、無意識に東口へ出てしまったなんてこともあるかもしれません。街の様子になんとなく違和感を覚えたのも、それが理由なら納得がいきます。
「でも、そんな間違えるなんてことあるのかなあ……?」
そこで、僕はもう一度、駅の方へ戻りながら、行きつけの喫茶店を探してみることにしました。
「……ん? ああっ!? な、なんだこりゃあ……」
ですが、雑居ビルの建ち並ぶ、その風景を見回しつつ歩き始めた直後のこと、それまで感じていた違和感の原因にようやく気づいたんです。
普通、日本の都市ならどこであっても、母国語の日本語だけでなく、店名の書かれた看板や装飾的な表示など、英語表記のアルファベットが氾濫していますよね? ですが、今見ている景色の中にそうした英語のものはなく、先程のロシア料理店同様、それらの代わりにすべてがロシア文字表記になっているんです!
道案内などの公的な看板も日本語と併記されているのは英語ではなくロシア語みたいですし、若者が着ている服に書かれている文字も、やはり見慣れたアルファベットではなくロシア文字です。
こんなロシア文化一色に染まった街、このA駅前にあったでしょうか?
……いや、そうした文字表記を抜かせば、全体の景観はやはり馴染みあるA駅の西口なんです。
もちろん東口側にも行ったことありますが、こんなロシアかぶれした感じじゃなかったはずですし、ビルや道の配置なども、やっぱり思い返すと東口じゃありません。
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