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この異常事態にきっと青褪めた顔になっていたでしょうし、辺りをキョロキョロと挙動不審に見えたために、僕に声をかけてきたのかもしれません。
警官にしろ自衛官にしろ、この状況について何か明確な説明を僕に与えてくれるかもしれない……。
「ん? どうかしたの?」
「あ、あの……じつは僕、道に迷ってしまったみたいで…」
藁にもすがる思いで、そう答えようとした僕でしたが。
「…ガガ……本部より各位へ。本部より各位へ。A駅西口のライヴハウスで反革命的アメリカ音楽の集会開催の疑い。付近にいる人民警察官は至急向かわれたし……」
ちょうどその時、男の肩に着けられた無線機から、そんな雑音混じりのくぐもった声が聞こえてきたのです。
「チッ…反革命分子め……君、駅はあっちだから。とりあえず駅に行ってみなさい!」
その通信を聞くと、男は苦虫を潰したような顔で舌打ちをし、僕にそう助言を与えながら走り去って行ってしまいます。
「は、反革命分子って……ほんとに共産圏みたいじゃないか……」
それまではそこはかとない、不定形のぼんやりとした不安でしたが、僕は急にリアルな恐怖を感じるようになってきました。
何がどうなっているのか理屈はわからないけど、ここが僕の知る民主主義的な日本ではなく、独裁的な共産圏の社会になってしまっているのだとしたら……その、反革命的だというアメリカ文化にもどっぷりと浸かって育った僕は、確実に取り締まられる対象なんじゃないだろうか?
偶然にも通信が入って立ち去ってくれたけど、あの警官と話をしていたら、余計なことを言ってしまって危なかったかもしれない……ともかくも、早くこんなとこ立ち去らなければ……。
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