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「…………えっ」  嫌な気配に勝手に足が後ろに下がる。 「八千草さん、瘦せすぎなんだよ。もう少し、お肉つけてくれてたらよかったのに。そのままじゃ、調味料だよりだよ」  初めて聞く低い声音。  人が出せる重低音の限界を超えている。 「そっちの、食べる……ですか?」 「どっちも、あんまり食欲は進まないんだけど、そろそろいいかぁ」  店長の目の色が消えた。  身の危険を本能が察しているのに、逃げようにも、足が竦んで上手く動けない。  わっ、どうしよう。 「…………誰か、助けて……助けて……」  自分の耳でも聞き取りづらい声しか出せない。  必死に後退りながら助けを求める。  誰か他に人が残っているはず、警備員さんだって……いる時間のはずだ…… 「八千草さん、結界張ったから誰にも聞こえないよ。そんなに怯えると肉が硬くなるから、リラックスしてくれないかなぁ。あ、そうだ、恋バナでもする?、女の子は好きだよねぇ」  嫌いじゃないが、このタイミングではない。  会話の温度差に、全身が強張った。  店長が軽い足取りで近づいて来る。 「……不味い物を……無理して、食べなくても…………」  何とか声を絞り出すが、 「だーかーらー、調味料で何とかするから」  ニタリと笑って距離を詰めてくる。  本当に食べる気なのか、私を。  手足が冷たくなった、小刻みに体が震え出す。 「……来ないで、っぁ」  検品前の段ボールに、踵が当たって転びそうになった私の二の腕を掴む。 「ちょっと、アザも駄目だよ、鮮度が落ちる!」  と叫んで、片手で軽々持ち上げた。 (巨大化してる!)  二倍くらいの大きさになった店長だったものは、筋肉のようなものが隆起し、全身赤紫色に変わっている。目は虹彩が無くなって黒いだけになって、どこを見てるのか分からない。 「八千草さんは、目玉焼きに何をかける?」 「は?」  一瞬何を言われているのか理解できなかった。  その質問は絶体絶命中に、必要なの? 「塩、醤油、ケチャップ、ソース?柚子胡椒も好きだけど……やっぱり、マヨネーズだよなっ」  元店長のムキムキ赤紫に同意を求められた。 「……マヨネーズ」  脳に思考を拒否され、ぼうっとオウム返す。 「こんな辺鄙な星じゃ、ろくなもん食べられないと思ってたけど、なかなかどうして、マヨネーズは最高!」  空中で身動きも取れない不安定な最中、何を聞かされているのだろう。  どこに隠していたのか、もう一方の手にマヨネーズのチューブが握られている。  定番のサイズではなく、業務用の。 「マヨラー……」  ひょっとして、目玉焼きと同等の扱いをされているのか私。  うわ~、まじか。  思考が戻ってきた。  自分のマヨネーズまみれの姿を想像して、 「あのう、マヨネーズで、食べられるのは……ちょっと、なんか、嫌です」  少し冷静になった。  ちなみに私、厚焼き玉子に大根おろし派です、均等な味付けで食べたいタイプなので。 「八千草さん、マヨネーズ嫌いなの?本当に地球人?」  なんか、イラッときた。
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