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祖父母と会うのは都だった。
彼らが上京してくるばかりで、ラズリは祖父母の家に行ったことがなかったのだ。あの父の生家ということで、いったいどんな場所なのかと思っていたら、印象とは真逆の牧歌的な地方都市で毒気を抜かれたことを思い出す。
「緊張、そうかキミも緊張していたのだな。私ばかりかと思っていたが、安堵したよ」
「ハジャルが? 緊張?」
この世で一番、そういった単語と縁がなさそうなハジャルから『緊張している』などという言葉が聞けるとは思わず、ラズリは驚愕する。
するとハジャルはいつもとはすこし違った、照れたような、はにかんだ笑みを浮かべる。
「それは勿論、当然のことではないか。だってウングへ行くのだ。私が生まれ育った国、私が暮らし、過ごした場所へキミを案内できる喜びと不安は尽きない。常に私の胸の奥底から湧き上がってくるというものだ」
緊張と不安。
またしてもハジャルらしからぬ言葉だ。
いつだって悠然と構えて、芯というものを持っているハジャルが揺らぐことがあるだなんて、ラズリには信じられない。
ぽつりとそう漏らすと、ハジャルは目を見張る。そして苦笑。
「そう見せることが私の役割であるからね。私が揺らぐと下の者が不安になる。上に立つ者として、私は自信を持っていなければならない。常にそうであるよう、幼少のころより言い聞かされて育っている。これは私の責だ」
「そっか。ごめんね、勝手な思い込みばっかりで」
「なにを謝ることがあろうか。責といえど、それが押し付けになってもいけない。ならばこそ、高圧的にならぬようにも心がけねばならないのだと思っている。キミが私に対して『緊張や不安など無縁である』と感じたのであれば、それは私がきちんとそれを体現できていたという証ではないか!」
ハジャルはいつだって長文を話す。
そうやって他人の弁を煙に巻いているところはあるとは思うけれど、自身の心をも惑わせ、ごまかし、鼓舞しているところがあるのかもしれない。
そう思うと、いままでの彼の言動も違ったように思えてきて、ラズリは申し訳なさと同時に楽しくもなってくる。
知らなかったこと、気づこうともしていなかったことの片鱗が見えるのは、探求心がくすぐられる。
ハジャルと一緒なら、この見知らぬ国も楽しく過ごせるだろう。
そうであるように心を砕いて行動してくれる。
ハジャル・アズラクという男は、そういうひとだと、ラズリは知っている。
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