01 動くホウキ

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「おい、なぜ扉を閉じた。ここを開けろ、小娘」  たったいま閉じた倉庫の扉の向こうから、くぐもった声が聞こえてくる。  コンコンと内側からノックするような音も響いてくるが、荒い声色に反するようにその音は軽い。まるで細い木の枝で叩いているかのような音だった。 「いい加減にしろ。そっちがその気ならば、こちらにも考えがあるぞ」  ついには、取り立て屋のような文句がはじまる始末だ。  ラズリは一歩下がり、あらためて眺める。  なんの変哲もない倉庫だ。  十六歳になり、亡くなった祖母が(あきな)っていた魔具の修理店を、ようやく継げるようになった。  半年が経ち店も落ち着いてきて、やっと倉庫のほうにも手がまわるようになってきたこともあり、休日を利用してまずは風を入れておこうとやってきた。  かんぬきを外し、術式が埋め込まれた鍵を解除。  そうして扉を開けて、まずは床の(ほこり)を掃いておこうと壁に立てかけてあった長ボウキを手に取ったところで、すぐ近くから声が聞こえた。 「何奴。……ほう、貴様なかなか良い魔力を持っているな。美味である。我が(しもべ)に相応しいぞ。喜べ、吾輩の配下となしてやろう」  ビクビクと、まるで生きているかのように手の中で震えるホウキに驚いて、ラズリは思わず手を放した。普通なら、重力のままに地へ転がるはずのそれは直立したままラズリの前にあり、上下左右に揺れ動く。 「吾輩はホーキンス。魔素(まそ)を牛耳る(たっと)き存在、ホーキンス・シュタオプザオガ。今こそ蘇り、愚かなる人間どもに教えを説いてやろう」  じりじりと後退し、身体が外へ出たあとにパタリと扉を閉じて、鍵をかける。  ふう。昼間から、随分おかしな夢を見た。 (おばあちゃんが亡くなって、お店をやらなくちゃって突っ走って、疲れたかなあ、わたし)  よし、いったん休憩しよう――と思ったところで、倉庫の内側からゴトゴトと物音がして、中からあの声が響いてきたのである。  コンコンコンコンコンコン。  押し売りのようなノックが続き、恨み節のような声が延々聞こえてくるさまは、なにかの呪いのようだ。  ごくりと息を呑みこんで、ゆっくりと扉を開く。  そこには古びたホウキが一本、直立していた。  どこの家庭にもある、日用品だ。倉庫内の掃除をするために置いていたのであろうホウキが、天井から糸で吊っているかのようにまっすぐに立っているのを見て、ラズリは黙りこむ。  どうやら夢じゃないらしい。 「やっと開けたな。こんな扱いをしてよい相手だと思っているのか? 貴様、吾輩を誰だと思っている」 「ホウキ」 「そう、吾輩はホーキンス・シュタオプザオガ」  それが、ラズリ・ノーゼライトが出会った、最初の「おかしなもの」だった。
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