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ホウキ曰く、自分は魔素を操る高名な存在で、永い眠りについていたところ、ラズリの魔力に触れて目を覚ましたらしい。自分の身体が掃除道具になっていることに、ひどく驚いていた。
彼の言うことがどこまで正しいのかラズリにはわからないが、「魔素」というのは魔法を行使するために必要な要素で、魔術や魔導を学ぶ者でなければ縁のない言葉だ。
そのことから、魔法について学んだ者であることはうかがえた。だが――
「なん、だと?」
「ですから、魔素という言い方はとても古いもので、最近はあまり使いませんよ」
「古いとは、どれぐらいだ」
「そうですねえ、文献によれば、五百年ぐらい前は一般的だったようですが。今はもっぱら専門用語です」
「ご、五百年だと!?」
ゴトリと床を鳴らして、ホウキがこちらに詰め寄ってきたので、ラズリは後ずさった。
藁を束ねた穂先が逆立ったように広がり、土埃が飛びそうな気がして顔をそむける。ホウキの長さはラズリの身長ほどあるので、こうして柄を下にして立たれると、藁束の位置がこちらの頭に重なってしまうのだ。
「ならば、魔法はどうなった。貴様には魔力があるぞ」
「えーとですね、今は魔法は二手に分かれました。魔術と魔導です」
ラズリは、魔法学の授業で習う、初歩の初歩を説明する。
魔法とは、大気に満ちた魔素を取りこみ、具現化する法則のことである。
それらは体内を流れる魔力の大きさによって変化し、強大な魔力を宿した者は大きなちからを行使することができるため、具現化するちからは個々の能力によって異なっていた。
大いなるちからを行使し、国家を揺るがす戦争に発展した歴史を鑑みた時の権力者たちは、ある時を境にして別の道を歩むことを提案する。
それが、俗にいう「魔法革命」である。
魔法は、ひとを傷つけるためではなく、ひとを救い、助けるためにこそ使われるべきだ。
遥か昔の文献に記されていた賢人の言葉を掲げて、人類は変革の道を歩みはじめる。
特定の者にしか扱えなかった術を魔法陣として固定化し、それらを道具に埋め込むことによって、同じ術が発動されるようにしたのも、そのひとつ。魔法具――魔具と呼ばれるそれは瞬く間に広がり、その研究は今も進められている。
専門性の高かった道具はより一般化され、庶民の生活へ浸透していった。蛇口をひねるだけでお湯が排出されるのも、それらの効果だ。
かつては大衆浴場でしか湯あみができなかったが、今では各家庭で風呂が楽しめる。火力調整が可能な調理台もそうで、大型のオーブンなどは食事処でないと完備できないが、竈から火を起こしていたころと比べると格段に利便性があがっているだろう。
埋め込んだ魔法陣に魔力を流すことによって発動する術式魔法を、魔術という。
一方の魔導は、術者本人が魔力を行使するもので、昔ながらの「魔法」は、こちらのほうがより近しいか。
これらは行使する当人の資質に左右されるため、絶対数は少ない。国が定めた魔力量に適ったものが国家認定者となり、彼らによって魔法の研究が進められている。
ここエーデルシュタインは、魔術が進んだ国家だ。
ラズリは魔法学に従事し、魔具の修復を生業にしていた祖母の店を継ぐべく勉強してきた。子どものころから祖母の仕事は傍で見ていたし、簡単なものは直したりもしていた。
だが、仕事としておこなうことはできず、お手伝いの範疇。祖母が亡くなったあと、彼女の店を継ぎたくても、年齢が邪魔をして事業主として認められない。十六歳となり、ようやく独り立ちができたところだ。
遺品整理を兼ねて、倉庫を開けて出会ったのが、このしゃべるホウキである。
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