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ホーキンスは目覚めた。
といっても、現在の彼に「目」と呼べるものはない。
いや、五感は存在しているのだから、ないわけではないのだが、人間や動物が持つ「目」と識別できる眼球は付いていない。それでも覚醒したという意味で、目覚めたという言い方をするべきだと思っている。
そこは食事をした部屋ではなかった。大きな窓から射しこむ光が照らす部屋は、店内を明るく見せている。
そう。店内だ。
ほのかに魔素をまとわせた品物がいくつか陳列されている。いずれもホーキンスの知らない造形のものばかりだが、用途は見ればわかった。表面に浮かび上がる術式――
(なるほど、魔術、か)
命令を図案化し、実行させる魔法陣。
ホーキンスが記憶する時代にもそれらは存在していたが、今のそれはより簡略化されているらしい。
たとえば、机の上に置かれている袋には、時間凍結の術がかけられている。遠征に出かける際、肉や野菜などを腐敗させないようにするために使われていた魔法だ。
つまり、あれに入れておけば保存が効くということになる。
しかし、効果が切れかかっているようだ。棚に並べられている同じ形の袋には術が張り巡らされており、こちらは問題なく機能することがわかる。
修理屋と言った娘の言葉を、ホーキンスは理解した。破れてしまった網目を繋ぎ合わせる、そういった生業らしい。
(そういえば、あの下僕はどこへ行きおった)
主たる己をさしおいて。
ぐるりと周囲の気を探ると、近づく気配がある。
ガチャリと開いた正面の扉から顔を出したのは、栗色の髪をした娘。なにやら荷物を抱えている。
「下僕めが」
「あ、起きたんだ。……いや、起きたって言っていいのかな」
「なにをくだらぬことを。それより、ここがおまえの店か、狭苦しいな」
「基本、持ちこまれたものを直すだけなので、広い店内は必要ないの。ほっといてよ」
「だが悪くはない。ここには魔素が満ちている。じつに居心地がよい。気に入ったぞ」
「そう? あのさ、ホウキ」
「ホーキンス・シュタオプザオガ。閣下と呼べ、下僕」
「買い物に行った先で見つけてきたんだけどね」
ホーキンスの言を聞き流し、下僕は持っていた荷を床へ降ろすと、包んでいた布を解いていく。
そこから出てきたのは、三脚スタンドだった。
中央に丸く穴が開き、それを囲むように三本の木材で支えている。旗や竿を店先に飾るときに使う、ありふれた雑貨だ。
「壁に立てかけるにしたって、バランス崩して倒れちゃいそうだしさ。これなら、寝てるときも平気でしょ?」
添え木を組み合わせて、中央が水平になるように固定する。
そうして壁を背に立っているホーキンスをひょいと取り上げると、三脚の中央に突き刺した。
「どんなかんじ? 柄の太さから考えても、ちょうどいいと思ったんだけど」
ホーキンスは呻いた。
この身体はひどくバランスが悪い。上下の意識は特になく、穂の部分を頭部と定めているわけでもない。バランスという意味であればむしろ、穂を下としたほうが安定する気もしている。
そもそも、器官としての目や口がないのだ。
今のホーキンスは、どちらを上にしていようと、四方八方を知覚できる状態にある。
(――そうか、吾輩の肉体は滅んだということだな。今、この場にあるのは魂のみ)
ホーキンスは理解した。把握した。認識した。
己が存在を新たにしたホーキンスは、あらためてラズリが用意した三脚に意識を向ける。
長くまっすぐに伸びた柄が収まった台座は、軸受けの金具位置を変更することにより、角度の調節ができるようになっている。今はちょうど、大きな椅子に腰かけるような角度となっており、これもまた心地よい位置であった。
うむ、良いではないか。
ホーキンスは鷹揚に答えた。
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