薔薇よりも赤く気高く

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ほう、と思わずダリウスは息を吐いた。 彼の銀色の瞳の先には、凛と立つ1人の娘がいた。いや、娘など呼ぶのは彼女に対して無礼だろう。コロコロと鈴を鳴らすように笑った顔は、見る影もなく、落ち着きのなかったその所作は一つ一つ、美しかった。 ー彼女は、少女から娘へ。そして、娘から麗しの女性へと変わっていた。 地方での仕事を終え、約5年ぶりに訪れた城での光景は、ダリウスの心を酷くかき乱した。 「ふふっ・・ダリウス騎士団長。お久しぶりですね」 「え、ええ。姫殿下もお元気そうで何よりでございます」 「ありがとう」 クスクスと、上品に笑う姫殿下ーレベッカに対し、しばらく見入っていたダリウスだったが、ふと思い出したかのように、少し身体に力を入れるが、まるで大人しくしていろ、と言わんばかりに身体を押さえつけられ、ダリウスの喉からわずかに声が漏れる。 「あら、ごめんなさいね?」 ちっとも悪いと思っていない素振りをみせる彼女の言動に、ひくり、とダリウスは喉を鳴らした。 何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか?と、不安に駆られながら渋々、ダリウスは力を抜いた。 「ねえ?ダリウス騎士団長?あなたルードに行っている間のことで、私に何か話さなきゃいけないことなくて?」 「へぁ?えと、心当たりが、ないのですが?」 ダリウスは、キョトンとしながらそう答える。 偽りなどではなく、本当に心当たりが全くないのだ。 「・・本当に?」 「え、ええ。本当です」 「・・名に誓える?」 「へ?え、ええ。ダリウス・ステュアートの名に誓って」 「・・・・」 「あの?」 ダリウスが誓いの言葉を告げると、レベッカは口を閉ざした。え?何か間違えた?と、更なる不安を抱きながらキョロキョロと周りを見渡すが、誰も何も言ってくれず、ダリウスは途方に暮れた。 「全く。レベッカ・・彼のことで不安になるのは自由だが、これはいくらなんでもやり過ぎだぞ?」 「・・お兄様」 「ブライアン殿下?!こ、このような格好で申し訳ございません!」 「ああ、気にするな。むしろそろそろ離してやれ」 流石にこの国の第一王子に言われてしまえば、彼らも聞くしかないのだろう。あっという間に拘束が解かれ、ダリウスは他の騎士たちと同じように片膝をついた。 「お兄様、何のようですか?」 「レベッカ。逃したくない気持ちはわからんでもないけど、やり過ぎはダメだ。そもそも、あの事はあくまで噂に過ぎないと言われただろう?」 「だって・・」 むう、とレベッカは兄の言葉に不満そうに頬を膨らませてみせる。 先程の大人の女性とは打って変わった姿に、ダリウスは目をパシパシさせながら情報を仕入れていた。 「えーと、ダリウス騎士団長。君はどこまで把握してるかな?」 「え、えっと。正直に申し上げますと、何もわからないのです。私はつい先程ルードより帰還し、その報告にと団長の私が参った次第でございます」 「なるほど。その道中で妹の手にかかったわけね」 「は、はぁ・・」 そこははい、と言っていいのか戸惑いながらダリウスは濁すように応えた。 そんなダリウスに対し、ふぅ、とブライアンは大きなため息をついた。そして、 「実はね、君に対するある噂があってね?」 「私の、噂ですか?」 「そ。君が赤い髪の娘と仲睦まじい様子で街を歩いていて、なおかつ、結婚の話が出ている、という噂だよ」 「?!あ、赤い髪って・・彼女は妹です!」 「いもうと?」 「はい。といっても腹違いなのであまり公言していませんでしたが・・実は妹の結婚が決まりましてその話をしていたのを誤解、されたかもしれません」 「ふーん。妹ねぇ・・」 「騎士団の連中に確認していただいて構いません」 真摯な瞳に嘘を感じられず、ブライアンは安心したように先程とは違ったため息をついた。 それは安堵のため息だ。 あの噂が本当だったら、妹の恋は叶わなかったのだから。 やはり、兄としては妹には幸せになって欲しいのは当たり前のことだ。 「なるほど。なら妹の勘違いだったわけだね」 「ごめんなさい・・」 ブライアンにそう言われ、レベッカはしゅんと肩を落としながらそう呟くような謝罪を口にした。 好きな人が結婚する、と聞いたため居ても立っても居られなくなった彼女は国に戻ってきた彼を強引に自分のところに連れてきてしまったのだ。 「全く。レベッカ、落ち着きを持ったと思ったらコレだ」 「ごめんなさい、お兄様・・」 「あ、あの!私は、その驚いただけですので!」 「君も君だ。君なら彼らの拘束など本気になれば解けるだろう?」 「いや、流石に・・」 過剰評価では?とダリウスは戸惑いながらそう答えた。流石のダリウスでも5人の屈強な男たちに拘束されていれば逃げ出すことなんてできない。 「ーさて、レベッカ。きちんと君の口から言わないといけないことがあるね?」 「・・・はい」 「あの?謝罪なら先程・・」 とん、と軽くレベッカの肩を叩きながらそう、優しい口調でレベッカを促す。レベッカはそんな兄の励ましを受けて、一歩前に出た。 何故か先程ダリウスを拘束していた近衛兵らもジッとしており、この場で何もわかっていないのはダリウスただ1人だけだ。 「・・・ダリウス騎士団長。私、レベッカ・ダルメラ・トリビは、ダリウス・ステュアートをお慕いしておりますわ」 「っ?!」 レベッカの口から告げられた言葉にダリウスは思わずはくはく、と口を開けることしかできなかった。まさか、この国の王女が自分のような凡庸でたかが騎士団長である自分を? 夢か?夢なのか?と、ぽかんと情けなくも口を開けたまま静止しているダリウスの反応に、 あ、やっぱり気づいてなかったなコイツ、と近衛兵と、ブライアンの心の中は一致した。 わかりやすい行動してたのにな、と鈍感なダリウスを呆れたようにみる一同と、赤い顔で愛の告白をしたレベッカ。 「そ、その・・私は一介の騎士団長でして、そんな、あの、その」 キャパオーバーしたダリウスは慌てて言葉を紡ぐが、要領得ない内容になってしまっている。 「ごめんなさい、困らせるつもりはなかったの」 「そんな!私が悪いのです!」 王女に謝らせてしまった!と、がーんとしつつ、なんとか返すダリウスだが、続いて語られた言葉に再び膠着させられるとは考えていなかった。 「ひとまず今は私があなたを好きだと知ってもらいたかったの!だからこれからはドンドンアピールしていくわね?!」 「あ、あぴーる?」 ふんす、と拳を胸のあたりで握りしめて、凛とした笑顔で微笑むレベッカ。その笑顔と仕草に頭の中が真っ白になるのを感じた。 ーさて、ダリウス騎士団長殿とレベッカ第一王女が2人並んだ姿を見せる日は、きっと遠くないだろう、と兄は心の中で呟いた。
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