和菓子が入った紙袋

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「今、どこで何をしているんだろう?」と急に眠れぬ夜に思い浮かべる人たちがいる。連絡を取りあいたい、というようなわけではなく急に気になって翌日には忘れている。それでも、また少ししてふとした拍子に思い出す人たちは同じ面々だった。 実家に10年ぶりに帰ったその夜、急な眠気に襲われたので居間から出て、布団に入ったが、いざとなると全然、寝付けなかった。実家のそば殻の枕の固さのせいかもしれないが、こういうことは珍しくはない。 例によって、過去に出会った何故か記憶に残っているその人たちのことを瞼を閉じながら、思い出した。一番よく思い出すのは、小学生のころになぜか席替えでよく近くになった女の子だった。運命の類に心を躍らせるような少年ではなかったが、何十人もいる教室で何度も隣り合うからには絶対にそれに近い何か力のようなものが働いているに違いないと、当時は思っていたのだと思う。あれが、自分にとっては初恋だったんだろう。 それから、中学生の頃に短距離走のタイムが少数第二位までぴったりだった友達や、高校生の頃にクラスが替わった途端なぜか疎遠になってしまった友達、親友と呼び合うほどの間柄でもなかったのに強く記憶にこびりついて折に触れて思い出す人たちの存在は自分にとって不思議だった。 田舎の空気は澄んでいる。虫の鳴き声も、音量にしてはうるさいようで心地いい。ぼんやりと頭を動かしていると、徐々にまどろんできた。 ◇◇◇ 翌朝は寝坊してしまい、帰りに乗ろうと思っていた電車に遅れた。母が持たせてくれた和菓子が入った紙袋を手からぶら下げ、改札の前で呆然とする。何しろ時間をつぶせる場所がない。辺りを見まわしても時刻表が見つからないので改札の横にある事務所のような部屋にいた駅員に話しかけた。女性の駅員だった。 「次は1時間以上先になってしまいます。」 昨日寝る前に思い浮かべていた、小学校の同級生だった。彼女以外に出会ったことがない珍しい名字の名札。間違いない。実家の最寄り駅で駅員をしているのだ。 昨日の夜に思い浮かべて、今日出会うなんて運命かもしれないと思ったが、それはこっちの都合だと思うに至った。お礼を言うと、彼女は満面の笑顔で返してくれた。こちらのことは覚えてもいないだろうけど、それでも首から上は少し火照った。 駅の待合室で電車を待つのは、コンビニで立ち読みをするよりも時間が過ぎるのが早く感じた。他のお客さんが彼女に質問をする事が3回ほどあったが、自分に見せたような笑顔は他の利用客には見せていなかったような気がした。 電車がやってきて、先頭車両に乗り、和菓子を網棚に置く。ハッとした。母が自分に持たせた紙袋には苗字をそのまま名前にした実家のレストランのロゴがついている。 改札の方を振り返った。彼女はまた別のお客さんの対応をしていて、表情は見えなかった。 彼女が振り返るより先に、電車はゆっくりと動き出した。
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