空の彼方

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 今、どこにいますか。  目が覚めた時には君がいると思っていた。僕はまだ冷気の残るカプセルの中で日付を確認する。眠りについたときから、ちょうど百年がたっていた。  君はどうしたんだろう。  ぼんやりする頭で思い、胸に不穏な影を感じる。本当なら、もうとっくに帰ってきているはずだった。  君は科学者だった。ある惑星の調査隊に選ばれて、宇宙に旅立った。惑星に宇宙船がつくまでの二十年、宇宙船の中のカプセルで眠りにつき、惑星につくと目覚める。一年の調査ののち、また宇宙船で眠りながら地球に帰還する。そういう予定になっていた。  待っていてくれる?  意識のほとんどをすでに宇宙へと飛ばしながらも、君はふと僕を見て尋ねた。新しい星の調査は、君の幼いころからの夢だった。  もちろん。  僕は答えた。そう聞いてくれたことが嬉しかった。仕事も家族も、君より大切なものはない。僕はここで眠り、君を待つことにした。君が帰ってきたら、僕を起こしてもらう。  お姫様のキスで目覚めるんだね。  カプセルに入る前にそう言った僕を、君は笑った。  君はどうしたんだろう。  僕はカプセルから出た。眠りから覚めた人間のためにきちんと説明があり、その通りにすればいい。教えられた通りに端末を立ち上げて、彼女の乗った船を調べる。  想像した通りだった。船は出発して十年と少し経った頃、消息を絶った。いまだに見つかっていない。  コールドスリープの施設から出て、割り当てられた住宅に向かう。コールドスリープの被験者はモニタリングを受ける代わりに生活は保障されるのだ。交通手段も街の様子も住宅のありようも、僕の記憶とはずいぶん違っていた。それでもきっとすぐに慣れるだろう。人間は順応する生き物だ。目覚めたばかりのときは違和感があった体の重さにも、もう慣れた。百年後の世界も、すぐにただの日常になる。  君の不在も?  胸の中の何かが欠けている。君のデータを呼び起こす。君の髪。君の眸。君の微笑み。今の技術では君の姿を再現して、匂いがあり、触れることのできる映像も投影することが可能らしい。僕は少し迷って、その機能を立ち上げてみる。瞬きをするような間に、データから構成された君が、目の前に立っていた。僕に微笑みかける。あの君の独特のやり方で。  会いたかった。  君は記憶の通りの声で言い、手を伸ばして僕の頬に触れた。その手を握る。君の皮膚。君の骨。君の爪。まったく記憶の通りで、僕は呆然とする。僕は君と話をする。君は宇宙のことを話す。君は宇宙を愛していた。遠い場所をいつも見つめていた。記憶の中に浸ろうにも、目の前には君がいる。君の息がかかり、君の匂いがする。君はここにいる。  嘘だ。  泣き出す僕の涙を、君の指が拭う。  ごめん。  いいの。  謝る僕に君は笑う。僕はスイッチを切る。君は消える。僕は一人だ。  百年が経って、技術は進化した。一人用の宇宙船だってある。専門的な技術がなくても、あの頃よりずっと速く遠くに行ける。  無茶ですよ。  と、誰もが言った。そんなことは知っている。君の船が消息を絶ってから、誰も何もしなかったわけではない。それでも見つからなかった。一人で探し回って見つかる可能性は限りなく低い。  視界には宇宙が広がっている。限りのない闇。数えきれない星々。それでもどこかに君がいる。それなら行かなくてはいけない。理屈なんかない。百年眠り、今度は生まれ育って星を離れる。誰かに説明できるような理由なんか何一つない。  ただ、君に会いたいだけだ。
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