唯一の希望の星

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 或る日曜の夕暮れ時、俺は先日ボーナス貰ったから今日くらいリッチに行こうと昼セクした後、新宿歌舞伎町一丁目の雑踏の中を歩いていた。劣情渦巻くこの色町で、これは公私混同と言うのだろうか、若者が道端に座り込んでいたり寝転んでいたり飲み食いしていたりゴミを捨てていたり好き放題にしている。胡散臭いキャッチもいて秩序が乱れた世情を露骨に表しているようだ。  カップルと行き交うと、当然の如く羨ましくなるかと言えば、そうではない。コロナ禍だから大抵マスクをしているが、目元や歩き方や体形を見れば大体、察しが付くから言うんだけどな、面食いの俺に言わせれば、皆、女がブスだからだ。強がってんじゃねえぞ~!それどころか、そんなブス選ぶ気が知れねえってマジで呆れるんだ。それは兎も角として東京都健康プラザハイジアの裏手までやって来た。ここは二丁目で一丁目の繁華街と違って割と閑散としていて人通りは少ない。  俺は美味いと評判のラーメン店に行くべく大久保公園沿いの歩道を歩いていると、「ちょっと、お兄さん!」と突然、後ろから声を掛けられ、ぎょっとした。昭和の遣り手じゃあるまいし、そんな風に声を掛けられたことも然る事ながら明らかにおばん声だったからだ。振り返ると、案の定、おばんだった。それもケバイ服を着、鼻に付く程、香水を匂わせ、こてこてに厚化粧している。「ねえ、遊ばな~い!」全く御里が知れらあ・・・ここら辺はチープなラブホテルが乱立し、客を連れ込むには絶好の立地だから直感で路上で客待ちする例の立ちんぼ(私娼)に違いないと勘付いた俺は、反吐が出る程だったから、「俺は遊びに来たんじゃない」とぶっきらぼうに謝絶した。すると、おばんはぷいと顔を背けて向こうへ行ってしまった。  何処から追われてたんだか俺はとんと気づかなかった。猫足って奴か、それにしてもあんなおばん買う下手物好きがおるのかなあ・・・俺は不可思議でならなかった。千円でやらしてあげる、ねえ、ねえとせがまれても断るに違いないが、あのおばんにしても生活に困っているんだろうと思うと、俺も冷たい野郎だなと思う。可哀想にと今更ながら心を煩わしていると、大久保公園のフェンスに寄り掛かりながら所在なさげに携帯を弄っている女が前方に見えた。  さっきのおばん同様マスクをしていない。体当たり的セックスアピール。これはナイナイの岡村のあの失言通り喜ぶべき事態が訪れたのだろうかと俺はどきどきしながら近づいて行く。若者らしいカジュアルな出で立ちで年の頃は十八九といったところ、中々いい感じなのだ。否、もっと若いかもと思っていると、彼女が俺の方に振り向いた。充分可愛い。俺は買いたくなってっしまった。彼女の前で立ち止まると、彼女はにやりとした。間違いない。で、俺は言った。 「ホ別シングル諭吉でどうだ」 「シングル諭吉って受けるんですけど~」と言って彼女は明け透けに笑った。  安すぎるからかと俺は思い、今、一万三千円しか持ってないんだと言うと、じゃあ、シングル諭吉でいいよと彼女は猶も笑いながら言った。  俺は歳が気になっていたから訊いてみると、セブンティーンと答えた。「ってことは高校生?」 「ブッブー!高校に行けなかったから」 「つまり」俺は言いにくかったが、言ってみた。「貧困家庭?」 「ピンポーン!うちシングルマザーだから」 「あっ、それで家計を助ける為に?」 「ブッブー!私がそんないい子ちゃんに見える?」 「えっ」 「私、家出してネットカフェに住んでるの」 「えー、そらまた大変なことだな。お母さんと仲悪いの?」 「だってDVババアだもん」 「そ、そうなのか。余程ひどいのか?」 「もう、お兄さん、何、根掘り葉掘り聞いてるの!交渉しなきゃ」 「あっ、そうだな」 「ここじゃ、人目が煩いし私服刑事がいるかもだからラブホ行きながらしよ!」 「ああ」  俺は別に特別なプレーは望まないが、常に女を受け身にさせたい。その方が犯し甲斐があるし犯す快感を味わえる。そう思うから尺八なんか望まない。そんな旨を伝えたら男らしいって彼女は言ってくれた。名前を聞いたら葵と答えた。  俺は前述の通り大人になってからデートすらしたことがないから十何年ぶりに女の子と歩けて、それだけで楽しくなった。で、何だか葵が愛おしくなった。誰にもそうするんだろうが、愛想がいいから俺だけの女のような気がして本当に俺だけの女にしたくなった。  だから俺はラブホテルに着いた時、ショートタイム(100分)3500円と知って予算オーバーだったこともあって当初の予定通りラーメン店に行き、そこで口説こうと思って葵に言った。 「ラーメン屋に行こう。勿論奢るし、チップも払うよ」 「何言ってるの?ここまで来といて?足りないならノナプル英世でも良いよ」 「のなぷる?」 「別の英語で言うとナイン」 「と言うと9000円?」 「ピンポーン!」 「9000円か、ま、しかし、ラーメン屋に行こう」 「えー!何で?」 「俺、葵ちゃんが愛おしくなっちゃってさ」 「はぁ?まさか、お兄さん、ラーメン屋で口説こうって訳?」 「はは、もう、ばれたか」 「えー!マジで?」 「ああ、俺、独り暮らしだし、君は今の生活が続く訳ないから家に帰りたくないんなら俺んちに来てもいいんだぜ」 「えー!もう口説き始めてる~」 「堅気の仕事も紹介してやるよ。俺の勤め先でパートタイマー募集してるんだ」 「そんなこと急に言われても」 「今直ぐに決心できないのは当然と言えば当然だよな。ま、兎に角、困ったことがあったら将又、来る気になったら連絡してくれよ」そう言って俺は携帯の電話番号を教え合うことに成功すると、彼女が茶目っ気たっぷりに言った。 「お兄さんこそ気が変わったら電話してね」 「えっ?」 「ホ別ダブル諭吉とかでOKよ」  そう笑顔で言う葵ちゃんを改心させるのは千番に一番の兼ね合いとも言うべき裏技が必要な気がした俺は、実際に葵ちゃんとラーメン屋に行って約束通りラーメンを奢って自分はラーメンの他に手羽先で一杯やりながら口説いてみたが、一杯機嫌も手伝って手応えがあるようなないような曖昧な感じで終わった。で、会話の中で正社員か、今時すごくないとそんなことで褒められたことだけ、はっきり覚えていて、それを頼りとして最後にチップをやって笑顔で別れた。  それからというもの俺にとって葵ちゃんは唯一の希望の星となった。葵ちゃんとやりたくなったら電話をすれば良いのだ。しかし、それは駄目だ。只管待つのだ。彼女の気が変わるのを・・・嗚呼、俺は彼女と共働きしながら暮らす日が来ることを一生夢見ながら生きて行くのだろうか・・・
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