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「待てよ、歩夢」 「逃げんのかよ、卑怯だぞ」 「とまれって」 「おい、捕まえろ」  歩夢の放課後は家に向かって全力ダッシュで駆け出すことから始まる。  同じクラスの秀太、真也、友孝に捕まらないために。  でもだいたい、校門を出て30メートルくらいのところで足の速い友孝に追いつかれて突き飛ばされる。 「痛いよ、離して」 「うっせえ、なんで逃げるんだよ」 「急いでるからだよ」 「嘘つくなよ、用事なんかないくせに」  三人はかわるがわる歩夢の頭や肩、ランドセルを小突き回す。 「痛いな、やめろよ」 「逃げるからだろ」  真也がランドセルを後ろからつかみ、無防備になった腹を秀太と友孝が交代でグーパンチしてくる。  痛みと悔しさ、誰も助けてくれない怖さとみじめさに涙が出てくる。 「もう泣いてるのかよ」 「また母さんに言いつけるのか」  秀太が言ってるのは、一学期、歩夢の母親が学校へ乗り込んできた時のことだった。  体育の授業で秀太とぶつかって転んだ歩夢は両膝をすりむいた。  汚れた体操服と両膝に貼られたガーゼ、青ざめた顔で帰って来た息子を見て、母親はあわてて学校へ事情を聞きに訪れた。  担任は秀太と歩夢を呼び出した。  わざとじゃない、と言い張る秀太と、両膝にケガをして俯いている歩夢。  歩夢の母親の手前もあったのだろうが、結局、担任は秀太に頭を下げさせた。  秀太と、秀太と仲の良い真也、友孝が歩夢に絡んでくるようになったのは、その頃からだった。 「別に言いつけたわけじゃ……」  悔しくて、歩夢は唇を噛みしめた。  母さんが歩夢のことをすごく心配するようになったのは、父さんが入院しているせいだろうか。  そのことを考えると、歩夢は誰にもぶつけることの出来ないもやもやとした気分が沸き上がってくるのを感じた。  父さんは歩夢が3年生になった年に入院し、今も病気と戦っている。  手術をして、薬もたくさん飲んだけど、まだよくならないから、夏前に隣の町の大きな病院へ転院することになった。  それまでは学校が終わると、歩夢もお見舞いに行けたのに、隣町は遠いからいまでは土曜か日曜日にすこしだけ、父さんの顔を見ることが出来る。  母さんはパートのない日は父さんの世話をしに病院へ行って、暗くなるまで帰らない。  だから、歩夢が学校や放課後にどんな風に過ごしているのか知らないのだ。    今の僕を見たら、父さんは悲しむのかな、それとも負けちゃダメだとケンカの仕方を教えてくれるのかな。  父さんは歩夢がお見舞いに行くと、いつも歩夢をベッドの端に座らせて面白い話を聞かせてくれた。  食べると動物の言葉がわかるようになる果物の話や、虫を操る不思議な煙の出し方、透明人間になれる呪文。  楽しいけど本当の話ではないことは、高学年になった歩夢にはもうわかっていた。  そして帰り際、父さんはかならず歩夢と手を繋いで、エレベーターホールまで送ってくれた。 「歩夢が来てくれると元気が貰えるよ」と言って、手をふる歩夢をエレベーターの扉が閉まるまでニコニコと見送ってくれたものだ。  だけど最近、父さんは歩夢が帰る前に眠ってしまうことが多くなった。 「お薬が効いて眠くなっちゃうのよ」  母さんはそう説明してくれたけど、痩せてしなびてゆく父さんに会うのが、歩夢はだんだん怖くなっていた。  
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