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「大丈夫そうだな」  お兄さんは歩夢の問いには答えず、さっさと立ち上がった。  歩夢もランドセルを下ろし、そろそろと立ってみる。  手も足も、痛いところはどこにもない。  窪地の底から上縁まで、見上げてみると結構高かった。  それにしても菩提ヶ森にこんな場所があったなんて。  窪地の底は雑草がまばらに生えた砂利地になっており、お兄さんはその真ん中をツルハシとシャベルを使って掘っている最中だったらしい。  あの謎の金属音はツルハシが固い岩を砕く音だったのだ。 「何を掘っているんですか?」 「貝」  ツルハシを振り上げ、ザクザクと地面を削りながら、お兄さんは一言そう答えた。 「でもここ、森の中だけど」  お兄さんは真剣な顔で地面を掘り続ける。  その時、キーン、とまたあの音が鳴った。 「そこのシャベルよこせ」  お兄さんはツルハシを投げ捨て、歩夢に命令した。 「え、これ? はい」 「さっさとしろよ、逃げちまう」  お兄さんはシャベルを受け取り、手早く穴の中の砂利を掻き出しはじめた。  歩夢はお兄さんの足元を覗き込んだ。 「え!?」  そこには大人の掌ほどの大きさの真っ赤な二枚貝が埋まっていた。  しかもその貝はバタバタと貝殻を開閉して、地面のさらに深い所へ潜り込もうとしているのだ。 「こいつ、元気だな」  お兄さんは腰に下げた道具袋から頑丈そうなヤットコを取り出し、貝を挟んで引っ張りはじめた。 「おまえも手伝え」  歩夢はお兄さんに言われるまま、シャベルで貝の周りの固い地層を引っ掻いた。  5分ほど二人でせっせと掘ったりひっぱたりした結果、やがて、貝は力尽きたのか、悔しそうに殻を半開きにして抵抗をやめた。 「なかなかの大物だ」  砂利の中から掘り出された貝を草の上に置いて、お兄さんは嬉しそうに目を輝かせる。 「食べるんですか?」  と歩夢が聞くと、貝は怯えたように殻をピタッと閉じ、お兄さんはイヤそうな顔をして歩夢をみた。 「見かけによらず野蛮なこと言うじゃねえか」 「じゃあ、その……貝?をどうするんですか?」 「真珠を採ったらまた放してやるんだよ」 「真珠!?」  驚く歩夢に、お兄さんのほうが首を傾げる。 「見たことないか? 丸くて輝く……」 「あるけど」  歩夢は乳白色の真珠が連なる母さんのネックレスを思い浮かべた。 「でも真珠って……」  こんな森の中で採れるものなのだろうか。 「よし、今日はこんなもんか」  お兄さんは赤い貝をそれまでに捕まえていたさまざまな色の貝たちと一緒に木製の大きなタライに入れて立ち上がった。 「来るか?」  顎をしゃくって窪地の奥を示す。 「え……うん!」  歩夢は帰れ、と言われなかったことが嬉しかった。  帰ってもお母さんはお父さんの病院へ行っているか、パートに行っていて、家にはお祖母ちゃんしかいない。  それにまだ秀太たちが歩夢を探しているかもしれないし。  歩夢はランドセルを背負い直して、お兄さんの後を追った。
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