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6
窪地は細長く『く』の字の形に続いていて、奥に進むにつれ下草が濃くなっていくようだった。
くの字のカーブを曲がるとまた少し広い場所に出た。
「お兄さん、ここで暮らしてるの?」
棒杭に布を渡しただけの簡単なテントと、石を積んだ炉、丈夫な革のトランクの上にクロスを敷いてデコボコのアルミの食器が一人分、重ねて置いてある。
「真珠を採る間だけな」
炉には大きな寸胴の鍋がかかっていて、熾火でカタカタと蓋が揺れている。
なんだ、やっぱり茹でるんだ。
歩夢は何も知らない貝たちがすこし気の毒になった。
お兄さんは鍋のお湯を小鍋で汲み、タライの貝たちに注ぎはじめた。
いきなり熱湯をかけられて、貝たちはじたばたと殻を開閉している。
「苦しんでる」
歩夢は思わず手で顔をおおった。
「どこがだ、よく見ろ、喜んでるんだ」
お兄さんが気を悪くしたようにそう言うので、歩夢は指の隙間からタライの中でバタバタあばれる貝たちを覗き見た。
赤や緑、黄色、青に紫色と作り物のように鮮やかな貝たちは、そのうちぷかりぷかりと湯に浮き始めた。
「風呂に入るのは久方ぶりだからなぁ」
「風呂? これ、お風呂なの?」
歩夢は熱湯の中を浮いたり沈んだり泳いだりしている貝たちを見て、そういえば気持ちよさそうだなと思った。
そのうち、湯につかりすぎてのぼせる貝が出始めた。
お兄さんは殻の隙間からだらしなくベロを出している貝を救い上げ、長い竹のピンセットで殻の中から何かをつまみ出した。
「よしよし、上物だ」
それは、陽にかざすと炎のように鮮やかに光を透過する真っ赤なビー玉だった。
「ご苦労だったな」
お兄さんは優しく貝を拭ってやっている。
「それが真珠なの?」
「森で採れる最高級の真珠さ」
「真珠をとってどうするの? ネックレスにするの?」
つぎつぎとのぼせた貝を救出して、真珠……というかビー玉を取り出す作業をしていたお兄さんは歩夢の言葉に手を止めた。
「どうするって……まあ、たいがいは万能薬として高値で取引きされるが、稀には反魂術にも使われるな。ただ、装飾品には向かないだろうな、脆いから」
「万能薬? それ、薬になるの?」
歩夢は貝の吐き出すビー玉をあらためて見た。
青い貝からは海のように深い青い珠、黄色い貝からは眩しいくらいの黄色い珠。
これが……くすり?
にわかには信じられない。
「何でも効くの? どんな病気でも?」
「ああそうさ、おかげで注文はひっきりなしに入るよ」
お兄さんは珠をまとめて革袋にしまい、タライの湯を捨てた。
貝たちはもう、みなシンと殻を閉じて、土に戻されるのを待っている。
「なんだおまえ、おまえもどこか悪いのか?」
「僕じゃないよ、父さんが……」
言いかけて、歩夢はあやうく涙がこぼれそうになった。
何にでも効く万能薬なんか、あるわけないのに。
歩夢は急に心細くなった。
誰にも言わず、一人で森に来てしまったことを後悔した。
「お兄さんは、誰なの?」
不思議な色の髪、赤い瞳、森の中で貝を掘り、ビー玉を万能薬だという奇妙なお兄さん。
野池の方から湿った風が吹いて、歩夢は肌寒さに震えた。
もう帰りたかった。
でも歩夢はなぜか立ち去ることができなかった。
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