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7
「おれか? おれはヤコ。おまえ、名前は?」
「僕は歩夢、島崎歩夢」
「しまざき……へえ」
ヤコは一瞬、眩しそうに目を細めて歩夢をみた。
「あの、真珠はどうやったら分けて貰えるの? あんまり沢山はないけど、僕お年玉を貯めてるんだ……」
歩夢は思い切って尋ねた。
「真珠を手に入れて誰に飲ませたいんだ?」
「僕の父さんに……ずっと入院して頑張ってるけど、少しづつ悪くなってるみたいなんだ」
歩夢は唇を噛んだ。
「お祖母ちゃんは編み物もおしゃべりもしなくなったし、母さんはいつも疲れてる」
なによりやりきれないのは、それでも母さんが無理に笑おうとすることだった。
みんなが何かを怖がって、怖がっていることを歩夢から隠そうとしている。
「僕だって父さんを助けたいのに」
「それじゃあ、おまえが一番大事にしている宝物と交換するか?」
「宝物?」
歩夢は首を傾げた。
歩夢が持っている物の中で、価値のあるものと言ったら従兄弟のお兄ちゃんに貰ったジャングル大帝レオのテレホンカードか、趣味で集めている切手のコレクションくらいだろうか。
けれど、どちらもヤコは首を振った。
「それ、そのカバンについてるコンパス。それとなら小さい真珠と交換してやってもいい」
歩夢は驚いてランドセルの横に下げている壊れた方位磁石を見た。
それはお祖父ちゃんが亡くなる前、歩夢にくれたとても古い磁石で、文字盤はかすれガラスの表面には細かいヒビが幾筋も入っているジャンク品だった。
方角を知るため、というより御守り代わりにランドセルに吊るしてはいるが、普段は気にもとめていないとても宝物などと呼べるものではない。
「これはお祖父ちゃんがまだ小さい子どもだったころに、狐に貰った磁石なんじゃ」
とお祖父ちゃんは繰り返し歩夢に教えてくれた。
お祖父ちゃんはこの磁石を持って戦争に行き、戦後のお金のないときも決して売ろうとは思わなかったそうだ。
「どうしてこんな古い磁石を?」
「どうする? そのコンパスをおれに譲るか?」
「うん、いいよ」
歩夢は迷ったすえに頷いた。
どうしても真珠が欲しかった。
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