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「こちらは孫平順さんだ」
「こんにちは」
視察に来た人かなにかだろう。とりあえずは行儀よく。一応、椅子から立って挨拶をした。
「孫さんは圭佑のお母さんと知り合いだそうだ。養い親を申し出てくださっている」
「突然で驚いただろう。半年ほど前に君のお母さんから手紙をもらってね。息子を探してくれって頼まれたんだ。あちこち手を尽くしてやっと君を見つけたんだよ」
驚いたもなにも。あまりの衝撃に俺の頭はフリーズ状態だ。
「孫さんはお母さんからお金を預かっているそうだ。大学に行きたいんだろう? 進学できるぞ。お母さんは中国の方でお名前は瑛美さんとおっしゃるのだそうだ」
「話を聞いたときは驚いたけれど。会えてよかった。君を進学させることはお母さんとの約束なんだよ」
「嬉しいです」
ようやく声が出た。と同時に俺の頭も起動しはじめたらしい。
あしながおじさんが現れた!
頭の中でドラゴンクエスト風のファンファーレが流れた。もっとも、このおじさんの足は短かかったのだが。
「よろしくお願いします」
二人の方にきちんと向きなおり、もう一度、今度はマニュアル通りのお辞儀をする。真っすぐに立ち、四十五度の角度で頭を下げ三秒停止。それから静かに頭を上げる。完璧。
父親はどうしているのだろう。母には会えるのだろうか。訊きたいことはてんこ盛りだが、状況がはっきりするまで余計なことは言わないに限る。
「今、母はどうしているのですか」
このくらいは訊いてもいいだろう。
「亡くなったよ。病気だった」
瞬時に答えが返ってきた。
「そうですか……。墓前でいいんです。挨拶だけでもできたら……」
息子がこんなに立派(?)に成長したと報告したい。墓参りのついでに、母が育った国をこの目で見てみたい。ルーツをたどる旅なんて、いかにもロマンチックじゃないか。
「瑛美さんにはご家族がいて……。それで、ええと、先方のご家族は君がいることを知らないんだ」
平順の口調が急に歯切れ悪くなった。名字がさりげなく伏せられていたので、それ以上母のことを聞くのは止めにした。相続問題とかいろいろあるのだろう。いきなり息子です、と名乗り出られても先方は迷惑なだけだ。母から口止めされたのだろう。平順を責めても仕方がない。もう会えない母に思いを馳せるよりも、新しい生活を思い描くほうがよっぽど楽しい。すぐに頭を切り替えて、手っ取り早く自分を納得させることができるのが俺の特技だ。
「無理を言って申し訳ありませんでした。これからよろしくお願いします」
もう一度お辞儀をした。湿っぽい口調になったつもりはないのだが、平順は早くも目を潤ませている。
「こちらこそ、宜しく」
掠れた声でそういうと、平順は素早く涙を拭った。いいおじさんだ。新生活への期待で胸が膨らんだ。
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