夫の場合

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夫の場合

 二軒目の乾杯が済んだところで、部下が中座した。一度家に連絡を入れると言う。持て余した俺はたばこに火をつけ、携帯電話に目をやった。  午後10時。画面には妻からの一言が表示されていた。 『今どこにいますか?』  俺はこの手の連絡に返信したことが無い。妻もそれが分かっているはずだが、たまに、忘れたころにこうして連絡を入れてくる。 「すいません、部長——あれ? 部長も家からですか?」 「ああ。いや」 「そういえば部長って、急に飲みが入っても家に連絡しないっすよね。奥さん大丈夫なんすか?」 「大丈夫って、何がだよ。何もどうもねぇよ」 「言っとかないと後で大変なことになりません? 『もう! ご飯いらないなら言ってよね! 支度しちゃったじゃない』とか。帰りの時間とかも酔っぱらっちゃって連絡入れそびれると怒られますよ」 「べつに。大変だな、お前んち」 「いやー。そうかな。普通っすよ」  心底同情する。たったそれだけの連絡のせいで、この部下は俺に『すいません』と言わなければならなくなってしまった。だが、彼はそのことに気付いていない。悪びれもせず、その流れで妻からの小言エピソードを楽しげに話すところが本当に鈍い。  細かいことだが、そういうことに引っ掛かりを感じないヤツだから、どうも課長に推薦できないんだ。
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