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それを一体何度繰り返したのか、記憶がはっきりとしていないからわからないみたいだけれど、実際には五十年以上その場所で遊び続けたことになる。
そこから出られたのは本当に偶然で、チョークで書いてあったメッセージの通りなんとなく雷が落ちる前に階段を降りたところ、まったく見知らぬ世界が広がっていて、現実に戻ってきたことになったのだという。
彼女の両親はすでに亡くなっていて、当然だが友人もみんな大人になっている。まだ子どものままの彼女が失踪したと思っていたあの子だとは誰も思わず、初美ちゃんの話を聞いてくれる人はいなかった。
唯一信じてくれたのが、当時一緒に遊んでいた友だちのミヨちゃん。わたしの祖母だ。
初美ちゃんはわたしの祖母の養子となり、今も一緒に暮らしている。
初美ちゃんは言っていた。
「はっきりとは覚えていないけど、石畳に書かれていたメッセージに惹かれて階段を降りたの。なんかすごく伝わってきたっていうか、『ごめんねわたしのせいで』って書いてあったから」
祖母はずっと気掛かりだったそうだ。
一緒に遊んだ初美ちゃんが自分のせいでどこかへ行ってしまった。自分が遊びに誘ったから、と。
それから毎年、初美ちゃんが失踪した日の夕暮れ、はっきりとした時間はさすがに覚えていなかったがすぐに水で消えるチョークで初美ちゃんがいなくなった場所にメッセージを送り続けた。
それが届くかどうかわからないのに。
「贖罪、っていうと傲慢なのかもしれないけどね、なにか自分にできることがあるんじゃないかって思って」
わたしは今もメッセージを送り続けている。毎年八月の三日、勤務先である学校に居残りをしてそのまま深夜まで。
彼女が見てきたはずの場所にチョークで言葉を送っている。もう十年以上続けていることだ。
わたしのせいで響子はどこかへ消えてしまった。
わたしがお泊まりを誘ったから。
わたしが肝試しに行こう、と言い出したから。
響子はわたしよりも有紗の方が好きだったに違いない。わたしのことはむしろ嫌っていたのかもしれない。それでもいいと思った。姿さえ見せてくれれば。
許されることなんてないのかもしれないけど、このメッセージがあなたに届いてくれることだけを信じて、わたしは文字を送り続ける。
お願い。早くこの世界に出てきて。会いたいの、あなたに。ねぇ。
『響子、今どこにいるの?』
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