9人が本棚に入れています
本棚に追加
どうしてこんなことになったのか。
高二の夏休みはもっと穏やかだと思っていたのに。
千鶴の両親が親戚の家に泊まりに行くとかで家を空けるから、みんな泊まりに来なよ、と彼女に言われた。
正直、そこまで乗り気じゃなかったけど、有紗がいたし、それに実際友だちの家にお泊まりするのはなんやかんや言って楽しい。
普段できないようなことが出来るから。
夜遅くまで起きて、ゲームをしたり音楽を聴いたり、曲に合わせて踊ったり。お菓子を食べて、アイスも食べて。
なんだ、超楽しいじゃん、と思ったのも束の間、「今からさ、肝試し行かない?」と言われて私たちは近くの中学校へと行くことになった。
怖いものが苦手な私とノリノリな千鶴とまーちゃん。有紗だけは冷静で、「もう深夜一時だよ? 本当に行くの?」と大人な意見を出して二人の提案を却下させようとしていたのに、千鶴はおちょくるように有紗に言った。
「なーんだ、有紗は怖いんだ。いつもクラスでもクールな感じでさ、怖いものなしみたいな態度のくせに」
「別に、怖いとかそういうことじゃないじゃん。危ないでしょ? こんな時間にさ。変質者とか不審者とか外をうろついてるかもしれないし。それに、学校には警備員の人もいるかもしれないし、見つかったら」
「ふーん、じゃあいいよ。私たち三人で行こう。有紗はここで待ってれば?」
千鶴は相手を挑発させるのがうまい。こうなったらもうおしまいだ。
「……いいよ、行くわよ。行けばいいんでしょ」
冷静さを欠いた有紗の負けで、結局私は嫌とは一言も言えないまま三人について行った。
真夜中、私たちは懐中電灯を片手に夜道を歩いていく。八月の空気はどんよりと蒸し暑く、歩いているだけで汗が滲んでくる。せっかく入ったシャワーも台無しになるようなベトベトとした嫌な感覚だった。
比較的田舎町だということもあり、外を歩いている人は誰もいなくて、薄暗い街灯だけが私たちを照らしていた。
中学校は千鶴が通っていた地元の学校のようで、歩いて十分ほどで到着した。
昼間見ている学校とは違って、夜の校舎は気味が悪い。校門をよじ登ってグラウンドに降り立つとなぜか恐怖感が増してきた気がして、足取りが重く感じた。
千鶴とまーちゃんは、「怖っ!」とか言いながら笑い合っている。
「響子、大丈夫?」
有紗が心配してくれるのが唯一の救いのように思えた。
校舎に近づくとその大きさに慄き、どこにも灯りが存在しない建物は恐怖の塊だった。月明かりだけが唯一の光源。
一見しても、どこも電気がついている気配はないため、警備員の人はいないのかもしれない。
千鶴とまーちゃんは窓が開いていないか確かめながら歩いていく。しかし、当たり前のことだけどそんな簡単に窓が開いているはずがない。このまま校舎の中に入れないのならば、諦めて家に帰るだけだろう。
私は祈るように学校のセキュリティに願った。どうか戸締りはしっかりしていただきますよう、何卒よろしくお願いします。
「あ! ここ開いてる!」
まーちゃんのその声は悪魔のように聞こえて、私は足がフラついた。
そこは一年生の教室のようで、当然のことながら誰もいない。黒板の上にある壁掛け時計は一時二十分を表示していた。
千鶴が真っ先に窓に手をかけて身を乗り入れる。いとも簡単に教室へ入った彼女は、まるでそこが自分の部屋であるかのように私たちを迎え入れた。
靴を脱いで室内の窓の下に並べて、靴下のまま私たちはライトを当てていく。
『響子、今どこにいるの?』
後ろの黒板に白い文字を発見したのは、その時だ。
最初のコメントを投稿しよう!