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待ち合わせ
『今どのへんですか?』
ためらいながら送ったメッセージ。それはすぐに既読になって、返信を告げる振動を僕のスマートフォンに与えた。
『あと、十分くらいで着くから!』
「えっと……『分かりました』っと……送信」
僕の彼氏は忙しい人だ。
僕はのほほんと大学生活を送っているけれど、彼氏は社会人。こうやってデートをする時に、時間のある僕は必ず彼氏を待つことになる。
待っている時間は、嫌じゃない。彼氏はいつも「待たせてごめん」って謝ってくるけど、そんな謝罪は必要無いって毎回言っている。本当に気にしなくて良い。待ち合わせって、必ずどっちかが先に着いちゃうものだし。
「……ふーっ」
僕は手袋を忘れて赤くなった手に息を吹きかけた。今日は冷えるな。もうすぐ十二月だし……あ。
目に入ったのは、テイクアウトが出来るコーヒーショップ。
十分あれば、買えるよね……。
僕は待ち合わせ場所から離れて、急ぎ足で店に向かった。
***
「あ」
熱々のカフェオレを買って先ほどまで立っていた場所に戻ると、彼氏が居た。何やら慌てた様子で周りをきょろきょろ見回している。僕はまた急ぎ足で彼氏のもとに向かい、後ろからコートの袖を引っ張った。
「……っ!」
「ごめんなさい。手が冷たかったからコーヒーショップに入ってました」
「ああ……良かったっ……!」
「え!」
ぎゅう、っと抱きしめられる。ま、待って、人が、周りに居るから……!
「あ、あの……」
「もう帰ったのかと思った。愛想をつかされたのかと思った……!」
「そんなこと、しませんから!」
「でも、俺はいつも君を待たせてばかりだし……」
「それは気にしないで下さいって、いつも言ってますよね?」
不安そうな彼氏に、僕はふふっと笑いながら言う。
「僕は、待っている時間が好きなんです」
「……どうして?」
「だって……すごく、どきどきするし」
「どきどき?」
「今日はどんなネクタイして来るのかな、とか考えてたらすごくどきどきするんです。そうやって考えてる時間が、とても好きです」
「ネクタイ……」
彼氏はそう呟いて、自身の青いネクタイに触れた。それから、小さな声で僕に言う。
「本当に、怒っていない?」
「ええ、怒ってませんよ」
僕の真っ直ぐな視線に納得したのか、彼氏はほっとしたような表情を見せた。僕はカフェオレのカップを持っていない方の手を差し出す。
「今日のごはん、楽しみにしてます」
「ああ……それじゃ、行こうか」
ぎゅう、っと手を繋いで歩き出す。今日は隠れ家みたいなお店に連れて行ってくれるって。楽しみだな。
繋いだ彼氏の手は、ここまで急いで来てくれたからなのかほんのり熱くて、僕はその体温を感じてどきどきした。それを誤魔化すために、僕はカフェオレをごくりと一気に飲む。
「熱い……」
「大丈夫? やけどしていない?」
「平気です、たぶん」
ぽかぽかする心。
ずっと繋いでいようね。
歩幅を僕に合わせてくれる彼氏の肩に凭れながら、僕はまだどきどきする心でそんなことを思った。
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