プロローグ3

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プロローグ3

 真希がすごいのは知っていた。全国大会のあの試合の真希は、一ヶ月以上経っても色褪せることなく私の記憶に刻み込まれている。  三年生引退後の初めての県大会で、私たちは圧勝した。決勝戦ですら相手を一桁台の点数に抑えての勝利だった。真希の活躍はめざましいものだったが、莉菜もまた負けていなかった。私たちは真希と莉菜の二人で勝ったようなものだ。  いつの間にか真希だけでなく莉菜とまで差がついていた。普段同じ練習をしているのに、どうして……。  私は二人に負けないように、自分の心を必死に奮い立たせた。  大会後は練習がしばらく休みだったが、今日から再開された。 「今日人少ないな」  コートを設営し、準備運動中に莉菜が話しかけてきた。  言われてコートにいる人数を数えると十人以上いるはずの二年生が五人しかいない。一年生は全員揃っている。 「どうしたんだろうね」 「サボりか?」 「そこ、無駄口たたかない」  部長から注意され、「はい」と短く返事し会話は打ち切られた。  練習が開始しても二年生は現れず、結局最後まで全員が揃うことはなかった。  それから一週間、二年生が全員揃うことは一度もなかった。  私たち一年生は、二年生の間だけに漂うピリピリした思い空気を味わう羽目になった。ただ、真希と莉菜だけは気にするそぶりを見せない。 「ちょっと集合」  朝の練習終わりに、部長が全員を集めた。その表情は険しく、眉間に皺が寄っている。 「皆気がついていると思うけど、二年生の何人かが練習に出てきていません」  部長が大きく深呼吸し、続ける。 「練習に来ていない二年生曰く、大会で勝つことを目的とする今の活動方針についていけない、楽しくやりたい、とのことです」  ここで一年生を中心にどよめきが起きた。右隣にいる莉菜は思いっ切り顔をしかめている。左隣にいる真希は無表情で、考えが読めない。  部長が静かに、と制し、静まってから部長が口を開いた。 「今までの部の雰囲気と夏の全国大会を見て自然と勝つことを目的としていました。でも、最初に決めるべきだったのかもしれません。結果を追い求めるのか、それとも結果を度外視して楽しむのか」  結果を度外視、か。考えたことなかった。そういう考え方を否定するつもりはないが……。 「そこで全員で今後について決めたいと思います。今日の放課後、二年一組の教室に集まってください。以上、解散」 「面倒臭いなあ」  練習後、制服に着替え体育館から教室へ移動した。私と真希と莉菜は同じクラスで、朝礼が始まるまで三人でお喋りするのが日課だ。席は五十音順で決まっていて、「右原」、「水上」と席が前後になっている。「王木」真希は大分離れている。 「何が?」  莉菜のぼやきに真希が首をかしげながら聞いた。 「何って、放課後だよ。結果を追い求める、の一択だよ私は」  莉菜はそう言うと思っていた。たぶん真希もそうだろう。 「それだけじゃないみたいだよ、今来てない二年生たちの不満は」 「まだなにかあるのかよ」 「スタメンが一年生だらけなのが気に食わないんだって」  真希が苦虫を噛みつぶしたような表情でそう言った途端、莉菜が口をとがらせた。 「なんだよ、それ……。そっちが本音だろうな」  二年生でスタメンは部長と副部長だけで、残りの四人は一年生だ。実力順で並べるとどうしてもそうなってしまう。ただ、二年生の大半がベンチ入りはしているから、出場機会がないわけではではない。 「それだれに聞いたの」  莉菜がぶつくさ文句を言っているが、無視して真希に聞いた。 「部長に。私だけにって」  どうして部長が真希にだけ話したかは想像がつく。真希は私たち一年生の代表として、あらかじめ相談されていたのだろう。 「真希だけか。私にも話してくれてもいいのになあ」  最近の莉菜はなにかと真希と張り合おうとする傾向にある。この前の試合も、相手に勝つというよりは真希より点を取ることに固執していた。 「部長も考えがあってのことじゃない」  真希がなだめすかすが、莉菜は不満気だ。  部長の判断は正しい。莉菜に話してたら余計にこじれるだろうから。  チャイムがなり、強制的にこの話は打ち切られた。徐々に熱くなっていた莉菜もこれで少しは落ち着くはずだ。私はそっと胸をなでおろした。  ぼーっとしているうちに時間が過ぎ、あっという間に放課後になった。掃除を終え、教室に戻ると莉菜も真希もすでにいなかった。  あの二人はもう二年生の教室に行ったのだろうか。  二人には悪いけど、今後を決める会議とやらに出るつもりはない。二年生の教室なんか行かず、体育館に行くつもりだ。  私はさっさと荷物をまとめ、教室を出た。  体育館にはすでに真希と莉菜がいた。 「奈緒、サボりはよくないぞ」 「私も莉菜もサボりじゃん」  あっけにとられる私を尻目に二人は準備運動がてらのパスをしている。 「私だけ仲間はずれ!?」 「い、いや、違うよ」  真希が慌てたのか、飛んできたボールをキャッチしてしまった。 「私も莉菜もサボる約束なんてしてないよ」 「サボって体育館に来たらすでに真希がいたんだよ」  何となく莉菜は体育館にいるだろうな、と思っていた。ただ真希までいるのは意外だった。 「奈緒は出なくていいの?」  真希が心配そうに私を見ているが、私ははっきりと頷いた。 「いいよ、あんな会議。どうでもいい」 「どうでもいいって……」 「どうでもいいと思ってるから真希も莉菜もここにいるんでしょ」 「そうだけど……」  体育館にボールが腕に当たる独特な音が響いた。莉菜が手持ち無沙汰なのか、ボールを真上に上げ一人でレシーブ練習を始めた。 「どうでもいいんだよ。私は結果を追い求める、とっくにそう決めてる。二人だってそうでしょ」  真希と莉菜が頷いた。 「私は少しでも多く練習がしたい。ほんのわずかな時間だろうとボールに触れ、バレーの勘を鈍らせたくない」  私と二人とではもうはっきりと差がついている。この差を縮めたい、このまま私一人置いてけぼりは嫌だ。そのためには練習時間を潰す会議なんぞに出ている暇はない。 「部活がしたいんじゃない、部活ごっこがしたいんじゃない。私はバレーがしたいの」 「でも、どうする」  莉菜はなおも一人でパスをし続けている。 「もし楽しくやれればそれでいい、っていう方針になったら」  莉菜の悪い予想に対して真希が困ったような表情を浮かべている。 「どうしようね」  真希はそこまで考えていなかったようだ。 「そんなの簡単だよ。新しく部を作ればいいんだよ」  私の提案に真希がなるほど、と納得したように手を打った。  勝ちたい人と楽しみたい人とで棲み分けすればいいだけのことだ。異なる価値観があるから衝突を生む。 「一年生がスタメンであることに気に食わない二年生はどうする」 「それこそどうでもいいよ。スタメンになるために頑張るのか、諦めるのか。私からしたら当の二年生の気持ちなんか知らない」  私の言葉に莉菜が笑い出し、ボールが床に落ちた。 「そうだよな、その通りだよ」  莉菜がひとしきり笑って、ボールを拾い上げた。  体育館の入り口を見やったが、だれも入ってくる気配はない。会議とやらはまだ続いているらしい。 「三人で練習しようか」 「そうだな」 「うん」  真希の言葉に莉菜と私が頷く。 「私たち三人、本当に気が合うな」  莉菜がにやりと笑った。
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