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第11話 妨害
「MTOによる進軍」
「スターツィによる攻撃」
キアラはホワイトボードにこの二つの文字列を書いて、いずれもビシッと横線を引いて消してしまった。
「ソヴェティアが『建て直し政策』に入っている今、MTOが動く可能性はない。かつてのマージャ動乱のような騒ぎは起こせないということです。そして何故か東ジェルマの本部から我々に出撃命令も出ていません。我々は動くことができません。ピクニック計画を軍事力によって強制的に止めることはできないということです」
部下たちは神妙な顔でキアラの話を聞いている。ピクニックなどというけしからん催事を血祭りにできないというのは痛手なのである。
「スターツィのプシュト支部も表向きは指示を出せないでいます。ですが何かしら邪魔をして東ジェルマ難民の流出を阻止せよとの密命が下されました。以後、この作戦の一切の責任は、私が負います」
この立場まで漕ぎつけるのは大変だったが、ハインツを押し切って何とか成功した。あとは容易い。
「もちろん、指示がない以上、スターツィは大っぴらに動くことはできません。そこで最低限の人員で流出を邪魔することにします。……難民の多くはバラント湖からシロンへのバスに乗って移動します。要はこれを妨害できればいいわけです。使う車は五台。この五台で道路を塞ぎます。作戦実行の場所はこことここ」
キアラは地図を指し示す。
「ここを塞げばバスは身動きが取れなくなりますね。しかもこの二ヶ所が使えないとなるとバスは大回りをせざるを得なくなり、ピクニックの開催時間中にシロンに辿り着けなくなる可能性が高いです。ピクニックが終われば、国境線は再び閉じられます。東ジェルマ難民の西側への流出は防げるという寸法です」
「しかし、キアラ」
「何ですか、ハインツ」
「五台では少なくないか? 向こうも我々の動きを感知しているかもしれない。何かあったらその人数では対応できない」
「でも命令が出ていないので」
キアラは動じずに言った。
「これはあくまで密命であり、既定の範囲外の作戦です。後から言い訳がつくように、最低限の人員にすると言っているのです」
ざわざわと隊員たちが話し合う。
「とにかく」
キアラは声を張った。
「これは決定事項です。上官殿との確認も取れました。この作戦で行きます。これより作戦参加メンバーを発表します」
***
空は晴れ。気持ちのいい風。素晴らしいピクニック日和。
八月十九日がやってきた。
アネットはズザンナのケーキを車に詰め込むと、マージャの民族衣装に着替えた。ズザンナにも新しい民族衣装を作ってある。
「さあ、開始時間は午後の二時。それまでに準備を済ませてしまいましょう」
ズザンナを乗せて車を発進させた。
シロンに到着すると、そこは既に多くの人でにぎわっていた。特に鉄条網の向こう側のウスタリヒは大変な騒ぎで、報道陣が押しかけている。
アネットたちはテーブルを用意し、クロスをかけて、料理やお菓子を並べた。その後ろでは楽隊が各々練習に励んでいる。ウスタリヒとマージャ、それぞれの伝統的な音楽を奏でて、みんなに踊ってもらうのだ。
アネットは主催者たちと最終的な打ち合わせに参加した。
「ネーメス首相は国境警備隊をシロンに近寄らないよう固く命じている」
「国家保安庁にも警察にも動きはない」
「MTOも戦車を出す様子はなし……と」
「スターツィも東ジェルマ本国からの反応が無いらしい。大きな動きはないだろう」
「念には念を入れて見張りを置いているから……」
そうしているうちに二時になった。
国境線上にある鉄条網が、ついに開かれる。ウスタリヒとマージャの間で激しく人が行き交った。警備を任された係は、ウスタリヒ人の身分証明書を熱心に検めており、マージャから逃げ延びようとする人々のことは一向に確かめない。それを見てみな大笑いしている。
主催者たちは名目通りピクニックを楽しんでいた。
ヴィレッテがウスタリヒを代表して檀上に上がる。
「こんにちは。ヴィレッテ・ハルベルクです。今日という日を迎えられたことを嬉しく思います」
座ってそれを見ていたズザンナが、ものすごい勢いでアネットを振り返った。
「ハルベルク?」
ふふっとアネットは笑った。
「そうよ」
「あの……ウスタリヒ帝国の皇帝一家だった貴族のハルベルク家の末裔ですか?」
「そうなのよ」
「え? じゃあアネットさんは……」
「直系じゃないけれど、お父様がハルベルク家の当主の弟なのよ」
「え? え? じゃあ世が世ならアネットさんは、お姫様!?」
「そんなことないわよ。君主制は第一次世界大戦の敗北と共に終わりを告げているのだから。……それより、ほら、ヴィレッテの話を聞きましょう?」
ズザンナは動揺を隠しきれない様子だったが、アネットの勧めに従ってお喋りをやめた。
「ウスタリヒとマージャは歴史的にも関係性の深い国同士です。今こそ西と東に分かれてしまっていますが、こうして再び親交を深められたのはよいことです。今後とも二国間の親密な関係性を世界に発信していきたいところです。……」
話が終わってからは、みんなお茶を飲みケーキを食べ、踊りを踊った。
アネットはズザンナと一緒に踊っていたが、ズザンナがふと手を離した。
「アネットさん、あの方はお知合いですか?」
踊りもせずにもじもじと立っているのは、民主フォーラムのヤーノシュだった。
「ヤーノシュ。あなたも一緒に踊る? 三人で踊るのもいいものよ」
「いえアネットさん、あたしは遠慮しますよ。お二人で踊ってください」
「あら、そう?」
ズザンナはケーキの方に行ってしまった。ヤーノシュが遠慮がちに歩み寄ってきて、手を差し出した。
「良ければ、御一緒させていただいても、アネット?」
「あら、よろこんで、ヤーノシュ」
二人はマージャの民族音楽に合わせてくるくると踊った。ヤーノシュは頬を上気させて楽しそうにステップを踏んでいた。
そうこうしているうちに、バラント湖からのバスが来る三時頃になった。アネットとヤーノシュは踊りを中断して、様子を窺いに未知の方まで出た。
そこに、一台の車が乗りつけてきた。
バンッと扉が開き、運転者が行きも切れ切れに報告する。
「バスが……スターツィの妨害を受けていて、先へ進めません!!」
「!!」
恐れていた事態が起こってしまった。
「迂回して」
「その先にもスターツィがいまして……車で道を塞いでいるんです。これ以上遠回りしてはゲートを閉じるまでに間に合いません」
「……」
アネットは走り出した。
「アネット、何するつもりだい?」
「スターツィを蹴散らしにいくの」
「け、蹴散らし!? やめろ、危険な真似はやめてくれ!」
「ヤーノシュはみんなにシロン付近の警戒をするように伝えて! それじゃあ!」
「あー!! 待ってくれアネット!!」
アネットは雷のような速さで車に乗り込み、発進してしまった。
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