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第12話 成功
無策で飛び出したことにアネットは自分でも驚いていた。こんなに何も考えずに行動を起こしたことは未だかつてない。だがこのままでは難民の人たちがあまりにも哀れだ。いざとなったら車体をぶつけてでもスターツィをどかしてやろうと思っていた。
ところが、予想外のことが起きた。
現場に着いたアネットは、二台の車が道を塞いでいるのを見つけた。バスや周辺の車両がしきりにクラクションを鳴らしている。
「あの方たちね……!」
アネットが車を近づけようとした時、スターツィの車の一台が、ボフンといってちょっぴりひしゃげた。
「!?」
エンスト……とは少し違う。何か小規模の爆発のようなもの。
そしてもう一台の車が、バスが通れるように道を開けた。そしてこちらに向かって走り出した。と思ったら、アネットの車の横に停車した。
「え?」
ウインドウが開けられる。
やあ、と挨拶した運転手は——エリカだった。
***
準備は万全だった。
ハインツと自分を二カ所目の地点に配置し、ハインツの車にこっそり細工をする。あとは時機を見てハインツの車を故障させて、自分はとっとと道を開ける。その勢いでシロンまで直行する。誰も追っては来れまい。キアラ自ら、スターツィのみんなには待機命令を出しているのだから、今さら現地に向かったところで後の祭りだ。
「こんなところで何やってんですか、アネットさん」
「私はスターツィによる妨害の様子を見に来たのよ。でも……」
バスは続々とハインツの車の横を通ってシロンへと向かっている。
「……ごめんなさいね」
アネットは言った。
「何がですか?」
「あなたを信用していないなんて言って。あなたはちゃんと作戦を実行することができた」
「でしょう。私、スターツィの中でも優秀だったんですよ」
キアラは胸を張った。
「さあ、こうなったら私たちもさっさと会場に行きますよ。私は西側に逃げたいんです。また記憶喪失にさせられる前にね」
「させられる?」
「私は薬を打たれて記憶お奪われ、スターツィに利用されていたのですよ。でももう愛想が尽きました。私は逃げます。さあ、行きましょう」
キアラはそう言って車を発進させた。アネットの車が後からついてくるのがバックミラーから確認できた。それから、ハインツが車から降りて何か怒鳴っているのも。
「さよなら」
キアラは呟いた。
***
ピクニック会場では宴もたけなわといったところだった。
参加者は物を食い、飲み、踊っている。
そこにバスから降りた難民たちが殺到して、お祭り騒ぎには目もくれず、開けられた鉄条網の扉からウスタリヒへと脱出していく。
あとはヴィレッテたちが手配したバスに乗って西ジェルマまで送られるというわけだ。
「エリカ……」
「キアラって呼んでください」
キアラは車から降りてアネットに近づいた。
「それが本名なので。……ズザンナも」
ズザンナはアネットの車に駆け寄ってきたところだった。
「アネットさん! それからエ……キアラ。難民たちが続々と……!」
「私の出る幕はなかったわ。キアラが全部やってくれたのよ」
「えへへ」
「キアラが」
「キアラ」
アネットはキアラを見上げた。
「ありがとう。私がずっと見たかった光景を見せてくれて」
「へあ……そ、そんなに真剣にお礼を言わないでくださいよ。私がやりたくてやったことです」
アネットは微笑んだ。
「閉門までにはまだ時間があるわ」
「? はい、そうですけど」
「ズザンナ、キアラ。三人で一緒に踊っていかない? それから一緒にいろいろ食べましょう。グヤーシュもドボシュトルタもベイグリもあるのよ」
アネットも車から降りた。
「それから」
アネットはキアラを見た。
「キアラは今回の立役者だから、特別に教えてあげる。……私、ハルベルク家の出身なの」
キアラは目を見開いた。
「両親が投獄されていたのもそうだし、トゥルルの指輪を持っているのもそうだし、ちょっと色んな所に伝手があるのもそうよ。王族の傍系だったからなの」
「ほええ……」
「ま、今となっては何の意味も無い肩書きだけれどね」
アネットはズザンナとキアラに手を差し伸べた。
「さ、踊りに行きましょう」
「でもアネットさん、私、マージャの踊りを知りませんよ」
「いいのよ、キアラ。楽しく踊れれば、何でも。ねえ、ズザンナ」
「そうですねえ。さ、行こうかね、キアラ」
三人はみんなの輪に加わって、手を繋いで踊った。ちょっと危なっかしいステップを踏みながら、それでも三人とも笑顔で。
それから食べ物のところに行って席に着いた。隣にはヴィレッテがいた。
「キアラ。こちらヴィレッテ・ハルベルク。私の従姉よ」
「初めまして、キアラちゃんね? ズザンナちゃんも久しぶり!」
「は、初めまして」
「お久しぶりです。まさか王族の方とは知りませんで」
「いやね、もう王族じゃないったら。ただ過去の伝手を使って国際活動をしているだけよ!」
「私にも色々と伝手があるのだけれど……どう? ズザンナ」
「へ? 何がですか?」
「あなたが良ければ、この国が民主化した暁には、私の家を出て好きな仕事に就いたらどう?」
「……でも、それでは恩人のアネットさんに恩返しが……」
「そんなこと気にすることないったら。私が勝手にやったことだもの。ズザンナはズザンナのやりたいことをやるべきよ。……ケーキ作りとか」
「……ばれていましたか」
ズザンナはもじもじした。
「考えておきます、アネットさん」
みんなで楽しくお喋りして、やがて時は過ぎた。鉄条網が閉門する時間が近づいている。
キアラはゲートの前に立った。
「みなさん、お世話になりました。私は一旦逃げさせていただきます。この御恩は必ずや返しますから」
「あら、いいって言ってるのに」
アネットは笑った。
「でも、そうね、そうしたらまたこの三人で集まりましょう。もし国境間を自由に行き来できる時代がきたら……三人で」
「あら、私は入れてくれないの?」
「……ヴィレッテも招いて」
「うふふ、ありがとう!」
キアラは胸にこみあげて来るものをぐっと飲み込んだ。
「では、さようなら。ありがとうございました」
キアラが出て行ったのを最後に、鉄条網は再び閉められらた。
ピクニックは無事に終了した。
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