ほろ苦モンブラン

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後輩。別に隠語って訳じゃないけれど、この言葉は彼女の事を指してる。 この前、バイト先の後輩と付き合っているってサラッと言われたときは、平静を装うのが難しかった。 だって、今までショウちゃんに恋人と呼べる存在はいなかった。それどころか、お互いに好きな人の話すらしたことはない。 まぁただ単に、私が知らなかっただけかもしれないけど。 「ごめん、俺ちょっとさ」 「あー、いいよ、そろそろ帰ろ」 やだよ。本当はもっと話してたいし。 「悪いな、じゃあ行くか〜」 まだ、ここにいてよ。彼女のところとか、行かないでよ。 「遅刻したら後輩ちゃんに怒られるぞー」 無理矢理浮かべた笑顔が、ひきつる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私もそろそろ帰らなきゃいけないし、ショウちゃんは、これからバイトに行く。 腕時計を見ると、午後五時三十三分。 後輩から、いつもアラームがわりに連絡が来るってのろけてたっけ。 手にしていたコーヒーも、もう帰れとでも言いたげに冷めきっている。私はそれをぐっと飲み干して、お互いバタバタと帰り支度を始める。 こうやって会うのは、学校帰りの、週に一回。一時間だけ。 もうショウちゃんと会うとき、何喋ろうとか考えたりしない。目の前にいる私じゃなくて、彼女のことを意識してるって知ってるから。 もうモンブランを分けてもらったりもしない。どうせ間接キスだって、内心浮かれてるの私だけってことぐらい分かるから。 癖になるくらい甘いくせに、本当は苦いんだから。 「じゃ、俺もう行くわ」 「ん、じゃあねハイパーウルトラキラキラリア充」 「そんなこと言うなよ、またな!」 「はいはい」 もう会わない、もう会わない。 とか思いつつ、結局顔が見たくてここに来ちゃう。ダメだなぁ。 ふと見ると、ショウちゃんは屈託のない笑顔を浮かべている。こいつ、いつもいつも人の気も知らないで。 会計を済ませて、奴は去っていった。急いでバイト先へ。そして、彼女のもとへ。 私もお店を出るためにドアを開ける。ベルがチリーンと寂しく響く。 この音もそうだけど、外はまだ秋だっていうのになんだか寒いし、一気に虚しくなる。 うん、もう、帰ろ。 思考を巡らせるのをやめて、とにかく歩き出す。 色黒の肌に、地毛のくせに染めたかのような茶色い髪の毛。高校生になってから、どことなく雰囲気が垢抜けたようにも見えた。 あの鈍感野郎め。誰にでも平等に優しいのは天然タラシ罪だぞ。 家に帰るために忙しなく動かしていた足を、ふと、止める。 …いつからあんな風になっちゃったのかなあ。 私達は幼馴染。別に、よく漫画に出てくるような相思相愛な関係じゃない。 ただの友達で、それ以上でもそれ以下でもない。 でも。 あと少し、もう少し。 ほんの少しだけでいいから。 前みたいに、そばにいてほしかった。
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