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とある田舎町に趣味で怪談小説を書いている男がいる。
男は[高草木 辰也(たかくさき たつや)]と言うペンネームを名乗っていて、その作品の中に「リレー」という作品がある。これは作者の近隣の街にある「はねたき橋」と言う、地元では飛び降り自殺で有名な心霊スポットとして知られている橋で、川の対岸に渡るための歩道橋であり、その橋をテーマにした創作怪談である。
小説投稿と言っても、作者は今のうちに老後の趣味でも考えておこうかと思って始めただけのものである。
文章を書くだけで投稿サイトに発表するのも無料で出来る。 もともと文才など無く、文章も稚拙で怪談と言ってもたいして恐くもないのだが、手軽に出来る趣味として丁度良かっただけなのだ。
怪談仲間の人たちの中には様々な活動をされている方がいる。中でも近年は怪談朗読や語りなど、声の活動をする方が増えてきている。彼らにしても色々な立場で活動していて、全くの趣味で朗読している方からプロを目指している人や実際にプロの声優になられた方まで様々だ。多くの人はYouTubeなどを活用して朗読を発表されているようである。
まことにあり難い事だが、作者である辰也の拙い作品も、何人かの朗読家の方にお読み頂いてYouTubeに投稿されている。YouTube上で作品名や、[高草木辰也]を検索すると出てくるのでご興味のある方はご覧いただきたい。 そんな中で、女性朗読家のコリンさんと言う方がいる。コリンさんは近年プロの声優さんになられた方だ。コリンさんにも「リレー」を朗読しYouTubeに投稿して頂いたのだが、さすがにプロになるだけあって実力、と言うかレベルが全く違う。そもそも文章が稚拙で内容もあまり恐さがなく興味が沸くような作品ではないのだが、コリンさんの手にかかると全くの別物、名作に生まれ変わっていた。
辰也本人がYouTubeを聴いてみると、背筋が凍りつくほど鳥肌が立ち額にはうっすらと脂汗がにじみ出る。
「俺、こんな恐い作品書けたっけ?」 と恐怖を感じたものだ。コリンさんのお陰で原文の100倍、いや1000倍も恐さが増幅されていたのだ。
さて、ここから先は冒頭の話を念頭に置いた上でお聞きいただきたい・・・。
2021年5月の連休中から始まった話である。
この日辰也は怪談仲間の弁チャンと言う女性のツイキャスにリスナーとして参加していた。そこにはクニさんと言うキャスやYouTubeで心スポ巡りの活動をしている方が声の出演として上がっていた。
「弁チャン、俺今夜、[はねたき]行ってくるんすよ!」
「へ~~ぇ、誰と行くの?」
「今んところ俺一人。いつものメンツが仕事や用事で来れないんすよ。」
「ふ~~ん。でもあそこは一人じゃヤバいんじゃないの? だって[はねたき]だよ⁉」
「でも誰もいないんすよ、しょうがないっす。[はねたき]が俺を呼んでるって感じなんで!」
「ん~~。 アッそうだ、コメント欄に・・・。辰也さんがいた、近くだし辰也さんに行ってもらえば?」
コメント欄から
「えッ、いいよ~~。俺で良ければ行きますよ。連休だし暇こいてるし、丁度いいよ!」
「お~~、やった。いいんすか? じゃ御一緒しましょう、お願いします。」
「わかりました。じゃ今夜現地集合で!」
ツイキャス上で話がまとまり、その晩は真夜中の心霊スポット巡りをすることになった。「いい年をして・・」とも思ったが、若い頃を思い出して少々懐かしさもこみあげてきた。そして辰也はこの時 ”ある事” を思いつき実行してみようと秘かに考えていた。
それは、はねたき橋を題材にした怪談作品「リレー」である。
コリンさんに朗読して頂いた「リレー」のYouTub動画を、現地のはねたき橋の中央にあるベンチに座ってじっくりと拝聴すると言った嗜好である。酔狂が過ぎるかもしれないが、実際の現場でそこを題材にした怪談を聴くのも一興である。
いよいよ夜も更けてきて深夜になった。約束の時間に現地に着くとすでにクニさんは駐車場で待っていた。
「こんばんは! クニさんですか? 初めまして、辰也です。いつもお世話になってます。」
「こんばんは、クニです初めまして。こちらこそお世話になってます。今夜はよろしくお願いします。」
何ともSNS繋がりらしい挨拶だ。日頃仲良くお付き合いしていても、実際にお会いするのは初めてだ。時代を感じさせる瞬間である。
2人は挨拶もそこそこに早速機材を準備してはねたき橋へと向かっていった。動画を取りながら橋をゆっくりとした足取りで進んで行く。中ほどのベンチに近づくといきなり照明が点灯し辺りが明るくなる。ここには人感センサーとライト、そして監視カメラが設置されている。自殺防止のための措置が取られているのだ。
コメント欄から
「えっ、今の何?」
「あ、人感センサーとライトですよ!」
そう、この晩はツイキャスで動画配信を同時に行っていたのだ。リスナーさんが驚いてコメントしてきたので説明したのだった。
二人はしばし周囲を見回し解説しながら動画を撮っていた。そして歩みを進め対岸に渡りかけた頃に・・。
「あれ~~?、何だこの光は?? さっきから画面の真ん中にオーブみたいな光がくっついたままだ!」
コメント欄
「あ~~、ホントだ。ゴミか何か? それともどこかにライトがあるの?」
「いや、何にもないよ。カメラ壊れたのかな~?、レンズも拭いてみたけど何も付いてないし。背景はちゃんと撮れてるね。光だけが動かずに真ん中に見えるね。」
早速、不可解な現象に見舞われた。特に問題はなかったが橋を渡り切る頃には画面の光は消えていた。 橋を渡り左手に進むと、そこには銅像と慰霊碑がある。 二人は慰霊碑に一礼してから周囲を動画に収める。
「クニさん、あのさぁ~~・・、 微妙なんだけど・・、あの銅像の腕と頭の位置がさぁ~~。」
「辰也さんもわかりました~? 最初見た時より微妙に動いてますよねぇ~!」
コメント欄
「あ~、私もわかる~~。腕の位置が少し下がってる。頭の位置も少し向きが・・。」
「うん、うん。俺もわかる。ちょびっとだけど、最初と明らかに違うよ!」
「え~~、恐~い!!」
反応を見ていた辰也は面白がって銅像を撫でまわしていた。
「やっぱそうか、皆もわかるんですね。この腕でしょ! 足はどうかな? それに股間はどうだ?」
「ウオ~、辰也さん強ッ! スゲ~、良く触れますね。」
「俺は大丈夫なんですよ!」
「じゃ今度は向こうから下りて遊歩道を行ってみますか?」
二人はその場を後にして反対側に回り、川沿いの遊歩道に降りて行くことにした。
昼間であれば絶好の観光スポットで、新緑や紅葉、川のせせらぎを楽しむことが出来るのだが、真夜中の遊歩道といたずらに流れる川の音は不気味でしかない。
しばらく歩いて行くと、「リレー」の文中に書いた庵が見えてくる。その手前には一本の大木が立っていて、太い幹から真横に頑丈そうな枝が遊歩道を遮るように伸びている。
「ウヮっ、この枝の下・・。黒っぽい靄が動画に映ってますよ。 ここ、たぶん誰か首吊ってますよね。辰也さんわかります?」
「首吊りかどうかはわからないけど、悪いものが憑いているのはわかりますよ。嫌な感じがするね。その先の庵も色々感じるよ。 だから怪談書いたんだけど・・。」
二人は少々興奮気味に撮影と配信、そして解説をしながら遊歩道を散策して周った。 この後、特にこれと言った怪現象も無く無事に周囲を一周して「はねたき橋」に戻り、中央のベンチに腰掛けた。 辰也がスマホを取り出し、いよいよ怪談朗読「リレー」の拝聴である。二人はワクワクしながら現地での怪談朗読を聴き始めた。
「運動会やスポーツ競技でリレーと言うのがある。・・・・・」
彼女のくっきりとして歯切れのよい語り口で朗読が始まった。
「やっぱコリンさん上手いっすね、鳥肌立って来た!」
「そうでしょう、俺の駄文がコリンさんの手にかかると恐さ100倍ですよ。プロですね~~」
そんな会話をしながら話を聴き進め、ちょうど朗読の中ほどまで聴いたところでちょっとした異変が起こった。
「ウッ、何だ今の??」 辰也が声を上げるとつられてクニさんまで同調してきた。
「辰也さんも今の見えました?? 男だったみたいだけど!」
クニさんが興奮気味に詰め寄る。
「うん、たぶん男ですね~。 黒のスキニージーンズを穿いた下半身だけが俺の横からスーッと橋を抜けて川の方へ消えて行った!!」
「そうそう、黒のスキニージーンズですよね!」
「うん、そうです。ジーンズのサイドのステッチとポケットのとこの小っちゃい丸い金具のやつ。はっきり見えましたよ!」
「うわ~~ッ、やっぱ出るんだ。こう言う事やってると呼んじゃうんですかね~! 動画撮っときゃよかった、失敗した!!」
クニさんは残念がったが、この時は撮影を終えて朗読を聴くことに夢中になっていたので動画を撮っていなかったのだ。
こうして二人は、はねたき橋での活動を終えた。 その後車で近隣の心霊スポットを2,3か所回ってから無事にそれぞれ帰路についた。
だが、そんなことで話が終わるはずもなく・・・・。
その後もクニさんは暫くの間、まるで何かに憑かれたように「はねたき橋」の撮影に赴いた。 そして、辰也と行動してから1ヶ月を過ぎたくらいだろうか、いつものメンバー3人で動画を撮りに行ったのだそうだ。
動画を撮りながら橋を散策した後、中央のベンチに腰掛けて3人で動画をチェックしていると、そこへ数名の警官がやって来た。
「こんばんは! あなたたち、こんな夜中に何をされているんですか?」
警官は、わかり切っているのに白々しい口調で職務質問をして来た。
「こッ、こんばんは。 えッと、動画の確認をしてるだけです・・。」
違法行為はしていないが、心なしか彼らは動揺していた。
「心霊スポット巡りとか、YouTubeとかのやつでしょう?」
「ええ、まぁ。 そんなようなものです。」
「やっぱりね! そう言うのも困るんですよね~。まぁここは公道だから違法ではないんだけどね、廃墟とかさぁ、ああ言う所は私有地が多いので、そうなると不法侵入で警察としても逮捕しなくちゃならないんですよ。最近もあったでしょ、廃墟に入ったユーチューバーが逮捕されたのを、知ってるでしょ?」
「あッ、はい。 すいません。」
注意を受けた3人は恐縮していた。
「まぁ、ここは公道だから違法じゃないんだけど、深夜だし色々と事故や事件に巻き込まれる恐れもあるので、なるべくこう言う事は自重してくださいね。夜遅いし、気を付けて帰ってくださいね。」
「はい、すいませんでした。 ところで、お巡りさんたちが来たってことは何かあったんですか?」
「ええ、まぁ。」
「何があったんですか?」
「最近なんだけど、この橋の下で女性の遺体が見つかったんですよ。 それ以来警察でも夜間警戒で見回ってるんですよ。」
「えぇ~~! まじっすか? やっぱ飛び降りですか?」
「まだはっきりとした事は言えないけどね、ここだからね~・・・。」
警官は言葉を濁しながらも明らかに飛び降りを示唆していた。夜通し監視カメラをチェックしながら警戒を強め、人が通ると即座に現場に向かい職務質問しているそうである。
彼らはそんな会話をした後、警官に促されるように「はねたき橋」を後にした。後日クニさんはツイキャスでその事を話していた。
「この間[はねたき]にいつものメンツでいったんすよ。そしたら、警官が来て職質されちゃいましたよ。 やっぱ最近[心スポ巡り]は目を付けられてる見たいっすね~~。 それに、そん時聞いたんだけど最近[はねたき]で飛び降りがあったみたいっすね。ビックリしましたよ。 辰也さんのリレーの通りになっちゃってるみたいっすよ。」
コメント欄から
「え~~ッ、俺関係ないし、そもそもあの怪談は俺の完全創作の作り話だし・・・。」
「ハハハハ、勿論そうですけど。 最近、実際に飛び降りがあったらしいですよ!」
そんな話をされツイキャス上では大いに盛り上がっていた。
TVや新聞の報道はされていないので表沙汰にはなっていないが、実際に飛び降り自殺があったのは確かだった。
その後の警察の調べでは、遺体は20代後半で結婚を控えた女性であった。あの橋から飛び降りたために頭部と顔面を強打してほぼ原形をとどめていなかったそうである。
実はその現場にはもう一体、男性と思われる下半身だけの腐乱死体が女性の身体に絡みつくように上がっていたのだ。死亡した時期が異なるため、当初は二体に関係性は無いと見られていたが、捜査が進むにつれて意外な事実が浮き上がって来たのだ。
女性の身元確認のため家族と婚約者が警察に呼ばれた。変わり果てた姿になった遺体を見ても顔面が崩れていて誰だかわからない状態であり、両親も婚約者も初めは半信半疑だった。遺体の損傷が激しく確認に手間取ったのだが、左腕の小さなアザと子供の頃に熱湯をこぼしてしまって出来たふくらはぎのやけどの跡。そして女性が婚約者に外反母趾になって時折足が痛むことを嘆いていたのを思い出して、婚約者が足の親指の形を確認した。
ようやく自分の娘であることに納得した両親はガタガタと震えだし、泣き崩れてへたり込んでしまった。婚約者はあまりの悲劇に言葉を失い、発狂状態と放心状態を繰り返していた。その後のDNA鑑定の結果も出て女性はこの中年夫婦の娘であると断定された。
その後しばらくしてから、落ち着きを取り戻した両親や婚約者から事情を聴くことになった。
彼らの話によると、女性はここ1ヶ月半ほど前から毎晩のように悪夢を見ると訴えていたようだった。当初は、マリッジブルーか何かだろうと軽く考えていたが、女性は次第に何かに怯えるようになって行ったのだと言う。最初の夢は何か得体の知れないモノが自分に近づいてくると言うものだった。毎晩少しずつ近づいてきて、それが徐々に姿を現し水膨れの人間の上半身であることが見えてきた。
次第に姿がはっきりとして、黒っぽい男の上半身が右手に何かを持ちながら這って近づいてくる。顔はアザと水膨れで片方の眼球が飛び出しかけている。腹部は何かで切断されたように血だらけで下半身が見当たらない。醜い姿の得体の知れない男が自分に向かって近づいてくる。そして、毎晩、毎晩少しづつその距離が縮まってきているのだ。
女性は次第にノイローゼ気味になり精神に異常をきたしていった。自殺する数日前の夢では、男が自分の足元近くまで寄って来ていて、何かを呟きだしたのだった。
「・・・つげ~~・・・、・・つげ~~・・、・・きつげ~~」
そう言って男はとうとう女性の足首をガッシリと掴んでしまった。 足首を掴まれた女性は驚き悲鳴を上げたが、その瞬間、男が何者なのかをはっきりと理解出来たのだった。眼球が飛び出しかけて、水膨れでアザだらけのため最初は分からなかったが、その男は明らかに以前付き合っていた元彼であった。
男は小心者のくせに見栄っ張りで、浮気癖があったのだ。交際中も何度か女性と揉めたこともあったが、彼女が本命で他は遊び相手と割り切っていた。こうした小心者の男によくありがちなタイプだ。 女性は初めのうちは「二度としないから」と言う男の言葉を信じて許していたが、二度、三度と繰り返す男に女性はついにブチ切れて腹を括ったのだった。
「もう終わりにしましょう。」
静かな口調で女性は男に別れ話を切り出した。
「わかったよ。悪かった。もうしない。今度こそもうしない。約束するからさぁ~・・。」
呆れたものである。自分のしてきたことも省みず、相手の気持ちを考えようともせずに、この期に及んでまだ何とかなると思っていたようだ。
だが、そう甘くはない。「女が一度腹を決めたらどうなるのか思い知れ」 と言わんばかりに・・・。
「あなたの言う事はもう信用できないの。さようなら!」
「うッ、マジかよ~~。 ちょっと待ってよ~~。 本気かよ~~。」
女性は凜とした姿勢で一礼すると男のもとを去って行った。
男はこの時初めて、一番大切な者を失った事を思い知らされたのだった。
その後も男はしつこく電話やメールを送り、更には女性の家の周りをうろつくなど、ストーカーまがいの事までやっていたが、女性からは完全に無視されつづけ、遂には諦めざるを得なかった。生来の小心者だった男は心底落ち込み、次第に自室に引きこもるようになった。食事もろくに取らずに次第にやせ細ってまるで廃人の様になって行き、毎日、毎日、楽しかった頃の彼女とのデートの思い出写真を眺めては溜息をつくような、みじめな日々を送っていた。
そんなある日の夕暮れ時の事である。 いつものように写真を眺めていると、一番楽しかった時の一枚の画像に目が留まった。
小春日和の秋の日に、紅葉を見ようと出かけて行った高津戸峡。
はねたき橋で楽しそうに撮った一枚である。
夕暮れが迫る黄昏時。 またの名を「逢魔時」とも言い、この世とあの世が繋がりはじめ魑魅魍魎が現れて動き出す時間帯だ。生者の前に姿を現し、時には何かを囁くことがあると言う。
そんな逢魔時に何者かに誘われるように男は「はねたき橋」に出かけて行ってしまったのだ。
はねたき橋に着いたころにはすっかり日も暮れて、辺りは暗闇に包まれていた。男は肩を落としてトボトボと歩いて行き橋の中央まで来た時に、センサーが反応してライトが付いた。 一瞬、ドキッとしたが落ち込み切っていた男にはもはやどうでもよかった。
そのまま歩きだすと、橋の対岸に何やら黒い人影の様なものが見えた。「誰かいるのか?」と思い、人恋しさも手伝ってその影を追いかけてしまった。
橋を渡り切り左手に進むと、やはり人影の様なものが歩いている。つられるように歩いて行くと、その先にはすぐに「高津戸ダム」がある。
高津戸ダムは小さなダムだが、鋼鉄製のラジアルゲートを4門備えたダムで発電所も備えている。ダムの上部は車が通行できる道路になっていて、欄干から下を見下ろすと鋭利な先端のラジアルゲートの上部が少し見える。また、道路とゲートの上部には、かなりの隙間があり、ネットで検索すると画像が確認できる。実際に行ってみるとその高さとゲートの圧迫感に恐怖を覚えるほどだ。
男が追いかけた人影は明らかに女性のようだった。その人影はダムへと歩みを進める。ダムの上の道路に行くと人影は消えていた。
男は不思議に思い道路を進み中央付近にまで来ると、どこからか女の声が聞こえてきた。
「こっちよ、こっち、こっち!」
声のする方を見上げると、そこはダムの上部にあるゲートを開閉するためのワイヤーやモーターなどの機械設備があり、その上に人影が立っていた。
それは間違いなく自分を捨てた彼女の幻影であった!
「えッ、・・お前、・・なんでこんな所に?・・」
「こっちよ、 さあ、いらっしゃい・・」
はねたき橋の怨霊の成せる業なのか、弱り切った男の心の隙間に入り込み彼女の幻影を見せていたのだろうか。その姿はあきらかに、あの頃の幸せそうな微笑みを浮かべて手を差し伸べて来た彼女だった。
男は誘われるままに彼女の手を掴もうとして欄干をよじ登って飛び出してしまった。
前日からの台風の影響もあり、この晩は小雨交じりの強風が吹き荒れていた。
男は一瞬舞い上がったかと思うと、強風の勢いでダムの下へと真っ逆さまに落ちて行った。体は先端のとがったラジアルゲートの上部に打ち付けられ、まるでギロチンに掛けられたように腹部から真っ二つに切断されて即死した。
上半身は貯水池に落ちて沈み、水中にある構造物のパイプに右腕が挟まり絡みついて取れなくなってしまった。下半身はそのままダムの下に落下して川に流されて行き、はねたき橋の下の岩場に引っ掛かって、あたかも誰かを待ちわびるかのように腐乱死体となって留まる事になる。
その晩から強風と豪雨になり、ゲートに着いた血液も綺麗に洗い流されてしまったのだった。
男と別れた女性は、その後新しい恋人も出来て数年が経ち、ようやく結婚の運びとなったが、その直前になってまるで結婚を阻もうとするかのように悪夢にうなされることになったと言う。 精神を病んでしまったこの女性は、この春何者かに引き込まれるように「はねたき橋」に行き投身自殺を図ってしまったのだった。
何とも哀れな結末なのだが、女性が亡くなる直前に見た悪夢の中で聞いた言葉。
「・・つげ~~・・、 きつげ~~・・」 とは。
「引き継げ!」 と言っていたのではないだろうか?
警察の調べでは、のちに男の上半身の捜索のため機動隊員が水中に潜り捜索したところ、上半身はゲートの構造物のパイプに掴まるように絡みついていたと言う。
そして女性の水死体が発見された時には、その右手に流木が挟まっていたそうである。
二人のその姿を照らしてみると、あたかも[死のダイビングリレー]のバトンを渡して引き継がされたように感じるのは私だけだろうか? 本当に高津戸城の姫の呪いがあるのかもしれない。
さて、今回もここまで話をお聴き頂いた皆様に心より感謝申し上げます。私は今なお性懲りもなく元気で生きております。もしかしたら、あの老婆のまじないが「本当に功を奏しているのだろうか?」と思ってしまいます。
はねたき橋の姫の呪いは、今でも[死のダイビングリレー]のバトンを引き継ぐ者を探しているのかもしれません・・・。
お聴きいただいた皆様方の中からバトンを渡されてしまう方が出ませんように、くれぐれも夜の「はねたき橋」には近づかない事をご忠告申し上げる次第です。
皆様、お元気で。
高草木 辰也
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