序章 墜ちた凶星

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「は? 迎えもよこさないし家に入れないってどういうことだよ?」  『戦場の凶星』二週間程前までそう呼ばれ、帝国軍の英雄であった男が役所の音声通信機の前で立ち尽くしていた。二十代前半くらいだろうか、薄手のコートに身を包んでおり、手入れされていない銀髪、珍しい赤い目が印象的だ。両脇に松葉杖を抱えながら器用に右手で受話器を右耳に当てている。  脚部に目をやると、左脚のズボンが膝くらいのところで縛られている。彼は左脚の膝から下が無い。 「ですから、旦那様はロレンシオ様にもう用がないので何も構うなとのことです。こちらからロレンシオ様にして差し上げられることは何もないのです」 「いや、あの……メイドの……ミランダさんだっけ? 俺、今左脚切断してまともに歩けないし、帝国軍を退役したから寮も引き払ったし……行く当てがないんだけど? その、親父が家に帰ってくるなって言ってるってこと?」 「何度もそう申し上げております」 受話器から漏れ出る冷徹な女性の声に、ロレンシオと呼ばれた男は冷や汗をかいていた。 「ちょ、ちょっと待ってくれ……あの、親父に繋いでくれないか」 「旦那様はお忙しく――」 「わかった! 誰でもいい、他に俺と面識があるやつに繋いでくれ!」 「……ロレンシオ様と面識がある方にお電話を繋がないよう、旦那様に言われております」 言いにくそうにメイドにそう言われたロレンシオは、掲示板に掲載されている新聞に目を向けて小さく舌打ちした。 (すでに対策済みってことか……) 彼が見た新聞には一面に『戦場の凶星ロレンシオ・ガラクシア墜落す!』という大きな見出しと共に、左脚を失い応急処置をされている彼の姿が掲載されていた。  彼は帝国と周辺諸国で行われている戦争に参加し、負傷して国内に帰還したため家に帰ろうとしたが、実家から拒否されているようである。 「会社の跡取りとなるよう育てたが適正もなく、軍部との連携のために士官学校に通わせても上層部への道を拒み、銃火器を扱いたいと駄々をこねたあげく前線に左遷され、片脚を失ったから家に帰るだと、笑わせるな。今のお前に利用価値はない。お前への投資費用を返せと言いたいところだが、その財力もないだろう。せめて帰ってくるな』……ともおっしゃっていました」  自身の父親からの辛辣な伝言に、ロレンシオは大きく息を吐きだした。そして受話器を持ち直すと少し姿勢を正す。 「……わかった。じゃあミランダさん、親父に伝えておいてくれ。 俺はお前の人生の駒じゃねぇぞ! クソ親父! せいぜい自由に楽しく生きてやる! あばよ!!!」  そう叫ぶと、彼は受話器を叩きつけるように音声通信機に戻した。気が付くとロレンシオの後ろには大行列ができており、電話待ちの人々は彼に冷たい目線を向けていた。彼は苦笑いを浮かべながら後ろの人たちに対し小さく頭を下げると、松葉杖をつきながらその場を去ったのだった。ひとまず近場の椅子に腰かけ、頭を抱える。 (……畜生、この後どうしようか)
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