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そんな感傷に浸っていると、背後に人の気配を感じた。振り向こうとするも慣れない松葉づえでは上手に身体を動かすことができず、人とぶつかってしまう。
「あ、悪い」
ロレンシオが謝ると同時に、別方向から懐に手を入れられた感覚を覚える。
「スリか!!!」
彼の財布を盗もうとした男の腕をつかんだものの、振り払われてバランスを崩し転倒する。
その隙にロレンシオの財布を奪った二人組は走り去る。
「くっそ! まて泥棒!! 財布を返せ!」
声を荒げるも、下層区域では見慣れた光景なのか誰も倒れている彼に対して脚を止めない。
今までなら路地裏のスリごとき相手ではないが、今すぐロレンシオにできることといえば、地面を這うことくらいしかできないのである。魔術の行使もできなくはないが、そんなことをすれば建物が吹き飛ぶだろう。果たして、いくら請求されるか。
(犯人の顔と姿は覚えた! 今すぐ杖をかき集めて追いついて見せる。この時間だとあの手の輩は多分金を手にして浮かれて酒場にでも入るはず! この辺の酒場をしらみつぶしに探せばまだ見つかる。見つけて――見つけて、そこからどうする?)
輩を見つけたところで、今のロレンシオには倒す手段がないのである。また転倒させられて終わりだろう。協力者も、今の彼にはいないのである。
その考えに至った彼は急に動くの辞めた。手足を投げ出し、空を見上げる。
(……どうしようもねぇじゃねぇか)
つい先日の自分と、今の自分との現実の差があまりにも大きくて、それをまざまざと実感させられて、彼の気力はみるみると失われた。
脚を失った時も、家から見放されても、なんとかしようと思い続けてきた。だけど、今回のスリで一気に心をへし折られたのだった。
通り過ぎる人々にじろじろと見られながら、それすらもどうでもよいと思いながらひたすらに空を見上げる。日はすぐに暮れ、空が暗くなる排気ガスと上記に覆われたこの場所では、星は見えないようだった。あちこちの建物にささやかな灯がついた。 何時間もそうしていると、とてつもなく遠くから、大砲の音が聞こえる。周辺諸国との野戦が始まったのだ。彼が戦っていた戦場だが、今も別の誰かが戦っているのだろう。
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