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タクシーから近所の小路に降り立った時には、東の空がうっすらと白ばんできていた。
自分を運んで来た車体のテールランプが、長い直線道路の向こう側へ消えると、すっと沈黙が覆い被さってくる。濃紺の空は遠く、風はない。星の光は隣を漂う水浸しの絵筆で書いたような雲よりも更に頼りなさげだった。
ほんの一時間前の喧騒が、遠い過去のように思える。座敷の長テーブルと、そこに並んだサラダや焼き鳥や揚げ出し豆腐。十数年前と変わらない仲間達の笑顔と笑い声。それらをただ照らしていただけの天井のライトが、ばかに眩しく思い出されてきて、鳩尾の辺りに苦しみが広がる。例えば五歳とかそれくらいの頃、たった一人でしゃがみ込んで蟻の巣をつついていた時に見た夕暮れ。あれを思い出した時によく似た苦しみで、目頭を感情がくすぐってくるこの感じもよく似ていた。
道の左右に並ぶ家々に、明かりはない。当然眠っているのだろうが、中に誰もいないという方が真実味があるように思える。道にポツポツとある外灯の白い光が薄い闇の中にぼんやりと浮かんでいる。
酔いはすっかりと覚めていた。覚めすぎている感もあった。熱狂の後に寂漠はつきものだが、暇をもて余した末の自慰の如く、後ろめたさのある熱狂の先にあるのは寂しさをも越えた孤独なのだった。
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