第一章

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 シャッターを切るたびに景色が変わる。そこにあった「売出し中」の幟はなくなり、その前を歩いていたワンピースの中年女性は写真の中にはいない。 「ここらへんか?」 そう聞くと、キーナは翔真の周りを「ふぅん」と首を傾けたながら泳ぎ回る。アーチェリーの的のようにつむじ部分から濃いピンク、薄いピンク、さらに薄いピンク、そしてまた濃いピンクと色分けされた帽子を被り、そのふさっとした薄黄色の髪を揺らす。手はまるで魚の胸ビレのようで、ヒラヒラとした装飾が凪いだ。足元もまるで魚の尾のようで、少しイメージとは違うが「人魚」を彷彿とさせる。  彼とキーナの出会いは、一年前に遡る。  昨年、翔真の祖父が亡くなった。高校受験真っ只中、忙しく葬式を終えて一息ついた時だった。  コン、コン。  部屋の扉をノックする音に返事をすると父だった。祖父の遺品を譲り受けてみないか、という言葉に少し緊張してベッドの上に思わず正座をすると、その手に渡されたのは古いインスタントカメラだった。ちっぽけなそれに思わず拍子抜けしてしまう。 「はは。そのくらいならお前が持っていても邪魔にならないだろう。おじいちゃんの形見だ、大事にしなさい」 ポカーンとして笑顔で出ていく父を見送った。  静まり返る部屋。翔真は、制服を脱ぐことも忘れていた。 「ん……眩しい……」 か細い声が耳をつついた。そこで翔真は我に返る。 「あれ、ここは……」 自分しかいないはずの部屋に鳴る声。翔真は初めてその奇妙さに気づいてワンテンポ遅れて叫んだ。 「誰だっ!?」 この声はどこから聞こえるのか。辺りを見回すが見慣れた狭い部屋があるだけだ。外か!? 「ここよぉ」 窓は閉まっている。なのに、やけにくっきりとその声は聞こえた。それに翔真の部屋は二階なのである。冷や汗が背中を伝い、全神経を部屋の中に集中させた。 「ねえ」 思わずびくっとしてしまう。その無邪気な声は、すぐ近くから聞こえたのだ。翔真の視線より、ずっと下から。恐る恐る顔を下に向けてみる。 「あなた、正一郎のお知り合い?」 そこにあったのは、目鼻もよくわからない突起のない丸い顔を持った、魚のような物体だった。例のごとく濃いピンク、薄いピンク、さらに薄いピンク、そしてまた濃いピンク……と色分けされた輪が中心から広がる顔面が首を傾げ、胸ビレのようなものが頬に手を当てる。胸元に埋め込まれたマゼンダの綺麗な球体が目を引いた。 かと思うと、ぽんっと煙に巻かれ、それは等身大の人間ほどになり、薄黄色の髪をした女の子に姿を変えた。 「うわあっ」 思わず翔真はひっくり返る。翔真の上に、その物体はふわっと飛来して見せた。 「ねえねえ、あなた、私が見えるの? 正一郎の知り合い?」 「いや、お前はなんなんだよ!」 思わず突っ込んでいた。すると、ぽんっとひらめいたようにそれは両手を打つ。人間のような姿になっても変わらず胸ビレのようなそれを手と言っていいのかわからないが。 「それもそうね! 私はね、そのカメラに宿る精霊なの」 その瞬間、翔真は固まった。 「精霊……?」 「そう。キーナよ」 信じられないというように目を見開く翔真をよそに、キーナはそこをゆらりと泳いでみる。尾長鶏のように長いリボンが優雅になびいた。 「そのカメラはね、ただのカメラではないの。過去を映すのよ。ずっと仕舞われていたけど、ようやく外に出れた……。そこでね、お願いがあるの!」 「お願い?」 「そう。私と対になる精霊・ニーナが宿る未来を映すカメラを探してほしいの」  翔真には正一郎という人物に心当たりがなかった。だが、父に聞くと簡単にわかった。正一郎とは翔真の祖父の兄だったのだ。つまり、父の伯父。翔真の祖父、正次郎の名前を思うと見当くらいつきそうなものだったが、それに気づけなかったことが悔しい。  元は正一郎が持っていた二つのカメラ。しかしキーナによると、正一郎が死去した後、未来のカメラの方が正一郎の妻により売られてしまったのだという。 正一郎には二人の姿が見えたが、それ以外の人には見えなかった。キーナとニーナのことを知らない妻は、それをただのカメラだと思っていたのだろう。だから、キーナのことも翔真以外には見えない。
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