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「あずさ~、梓梓梓~」  騒々しい足音と、にぎやかな声とともにノックもなく私室のドアが開けられて、梓は慌てて部屋から飛び出し、乱入者の口を両手で塞いだ。 「ふがっ」 「シ~っ! ちふゆくん、しずかに。漆黒さんが寝てるから!」  小声で叱りながら、ちふゆの体をぐいぐいと押して廊下へ出し、後ろ手に扉を閉める。  場所はゆうずい邸の上階、時刻は午前十一時を少し回ったぐらいで、夜通し客の相手をしている男娼たちがようやく安眠を貪っている頃合いだ。  つまり、決して騒いでいい場所でも時間でもなかった。  訪れた直後に部屋から追い出される形となったちふゆが、唇を尖らせてぶーたれる。  ヒヨコのような金髪がふわふわと揺れて、その仕草と相まって可愛かったが、漆黒の睡眠を妨げてはなるまいと使命感を抱いている梓は塩対応を貫いた。 「今日はダメだよ、部屋では遊べない」 「んだよ。漆黒サン追い出せばいいじゃん」 「そもそもここは漆黒さんの部屋だから。出て行くなら僕の方だよ。僕がそっち行こうか?」 「あ、ダメ。青藍寝てっし」 「……」  思わず半眼になった梓である。  そもそもちふゆが梓の元を訪れるときは、敵娼である青藍に相手をしてもらえないときに限られる。  あきれた空気を漂わせた梓へと、ちふゆが慌てたように首を振った。 「ち、ちげぇしっ。オレ、おまえに渡したいものがあって来たんだって」 「……渡したいもの?」 「持ってくるの大変だったんだぜ? ここそういうのにめっちゃ厳しいからさ~。でもコレ絶対嫌いな奴いないし、おまえも絶対好きだと思ったから」  得意げに小鼻を膨らませて、ちふゆが「じゃじゃ~ん」と自分で効果音をつけながら、高級遊郭に似つかわしくないジャージのズボンのポケットから、長方形の箱を取り出した。 「あっ!」  梓の喉から歓声が漏れる。  淫花廓では入手困難なそれは……コンビニやスーパーで売っているチョコレート菓子だった。
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