何をなくした

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 翌日も、翌週もおれの清々しい気持ちは続き、勤労意欲が噴火したようにとめどなく溢れ出た。なによりも驚いたのは、疲れを一切感じなかったことだ。朝一番と同じ集中力が何時間でも続き、気がつくとオフィスにはおれだけですでに日付が変わっているなんてこともザラにあった。  おれは文字通り朝から晩まで働き続け、会社の一年分の利益をひと月で稼いでしまった。特別ボーナスを貰い、上司からは出世の約束を取り付けられた。  ある日、仕事の楽しさにかまけて酒を飲むことをすっかり忘れていたので、久しぶりに飲みに行った。ところが気分は相変わらず快活で、いくら飲んでも酔う気配が無かった。しかし、楽しくないというわけではなく、アルコールを摂取したときの楽しさだけを感じることができる。  会話もますます達者になっており、となりに座った美女と二時間後にはホテルで寝ていることもあった。  さらに驚くべきは、そっちの面でも疲れ知らずだったことだ。  毎夜毎夜遊び歩き、おれの噂はたちまち夜の世界で広がっていった。ひとりで飲んでいると、どこからともなく美女が集まってくる。あるときなど、店の前に大きなリムジンが横付けし豪華な和装の女性が降りてきたと思うと、おれをそのまま高級ホテルのスイートへと連れ去ったりもした。  どこで聞きつけたのか社内の女性社員がその噂を知ってしまい、おれはひっきりなしに夜の情事へと誘われた。  独身問わず人妻問わず、おれは分け隔てなく相手をして喜ばせた。睡眠をとらなくても全く問題ないことに気づくとおれのペースはグッと上がり、一晩で五、六人を相手にした。 「課長さんって影が無いみたい」明け方に抱いた女が言った。  確かに最近のおれは影が無くなった。以前までの陰気な考えが一切無く、常に気分が良かった。  女性社員からの人気が増すにつれて、男たちからのやっかみがひどくなった。中には、嫁さんをおれに寝取られたと言い出す者もいた。連中は結託しておれをクビにしようとしたが、女性社員からの猛烈な抗議により断念せざるを得なかった。一連の騒動を引き起こした張本人は、ありもしないセクハラ・パワハラをでっち上げられ懲戒免職という形で会社から姿を消した。  その夜、おれのクビ反対運動を一番に引っ張っていた気の強い女と、ホテルに行った。目を吊り上げ、恐ろしいほどの声量で男たちを蹴散らしていた虎は、ベッドに入ると猫になっていた。
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