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1 6月の限定パフェ
まったく……。何だっていうんだろ。
私はテーブルを拭きながらついため息をついた。
「凪ちゃん! 小上がりの料理、上がったから持ってって。」
マサさんの声にはっとして、慌てて厨房に向かう。
「すみません。持って行きます!」
ぼんやりしてちゃダメだ。
お盆にたこの唐揚げと揚げ出し豆腐を乗せていると、マサさんが心配そうに声をかけてきた。
「なんか今日はぼんやりしてる時が多いけど、疲れてるのか?」
「いえ。大丈夫です!」
私はそそくさと厨房を出て小上がり席に向かった。
ここは私のアルバイト先である「居酒屋やおよろず」。
マサさんが経営する小さな居酒屋だ。
小さいとはいえ人気はあって、いつも賑わっているから、閉店まであまり気を抜けない。
普段は余計なことなど考えずに仕事に集中していて、あっという間に時間が過ぎていくのだけど、今日は夕方の天野くんからのとんでもない話のことをつい考えてしまって、気がつくと意識がそっちに飛んでしまう。
それに気づいて慌てて頭から振り払って……の繰り返しだった。
「凪ちゃん、お疲れ様。」
22時閉店。
その後の片付けを終えると、マサさんはいつものように軽く夜食を出してくれた。
夕方にアルバイトに入るタイミングで、まずはまかないを厨房の隅で食べさせてくれて、店が終わるとこうして夜食を出してくれる。
店が休みの日曜日以外は、基本的に毎日アルバイトに入っている。
まかないは貴重な栄養源だ。
「うわ。ちょっと贅沢ですね。」
マサさんが出してくれたのは鯛茶漬けだった。
鯛のお刺身にわさびとのりを乗せ、香りのいいだし汁をたっぷりと注いでくれている。
見るからにおいしそうなご飯だ。
「ん。鯛が余ったってのと、今日は凪ちゃん、ちょっと様子がおかしかったから、ま、おいしいものでも食べさせてやろうかと。」
お父さんよりもちょっぴり年上のマサさんは、いつも私を気にかけてくれる、ありがたい存在だ。
バイト前の賄いもバイト後の賄いも、私が生活費を自分で稼がないといけないことを知っているから出してくれているんだと思う。
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